“細胞の恒常性維持のカギ”ミトコンドリアの質・量管理システムの謎に迫る

こんにちは。大阪大学大学院 生命機能研究科 5年一貫博士課程5年の大西真駿と申します。
ミトコンドリア動態学研究室というラボに所属しています。

研究室では、「オートファジー」「ミトコンドリア」の研究をしています。
もう少し詳しくいうと、

「オートファジーを利用して、細胞はどのようにミトコンドリアの質や量を管理しているのか?」

ということを解き明かすため、研究しています。

少しだけ、オートファジーについて紹介しますね。
突然ですが、皆さんは部屋の掃除・整理整頓をきっちりされている方でしょうか?

仮に日頃の掃除をサボっていると、部屋の中に要らないものが溜まってきて、生活しづらくなりますよね。つまり、部屋のものを定期的に処理し、またある時は必要に応じて臨時的に、部屋を清潔に保つことが私たちの快適ライフには欠かせません。

私たちが部屋の掃除をするのと同じように、細胞はオートファジーという仕組みを利用して細胞の中のゴミを掃除しています。
まるで私たちが散らかした部屋をせっせと片付けるといったようなことが、皆さんの髪の毛の太さの数百分の一というミクロな細胞の世界で起こっているのです。なかなか、想像もつかないですよね。

しかしながら、細胞のこと自体も人目に触れることが少ないのに、さらにその中で起こる掃除システムのこととなると、「何のことだか全くわからない」という方も多いのではと思います。

その想像もつかない生命現象について触れていただき、実は私たちの意識しないところですごいことが起こっているんだということを少しでも知ってもらうために、この記事を執筆しました。

キーワード:生命科学、細胞、ミトコンドリア、オートファジー、パーキンソン病、出芽酵母

目次

はじめに -細胞の中に広がる世界-

細胞は天体系よりも複雑?

「星はたしかに細胞の1043倍も大きいが、細胞は星より複雑で込み入った構造をもち、物理と化学の法則の産物としての驚嘆の度合いはこちらのほうが大きい」

細胞の分子生物学 第5版 Bruce Alberts, Julian Lewis 他

これは、「細胞の分子生物学 第5版」という生物学の分厚い教科書の前文から引用しました。

この教科書は、細胞の中で起こっていることを事細かに解説した生命科学のバイブルです。

なんとこの教科書、1400ページほどあり、細胞や生命のことを説明するのにそれほどの分量がいるのかと思うと、驚きですよね。実際はもっとページ数が必要なくらいなのですが・・・。

「私たちの体の中に、遠くに眺める天体系よりも遥かに複雑で精緻な細胞の世界がある」
そう思うと、なんだか不思議な気分です。

細胞:生命の最小構成単位

細胞とは、生命を構成する最小単位です。
実際に一つ一つ数えられたわけではありませんが、私たちの体は数にしておよそ数十兆個、種類にして約200〜300種類の細胞からなると言われています。

ちなみに、細胞の大きさはどれくらいかご存知でしょうか?

細胞の種類によって大きく違うのですが、おおよそ直径が10 µm(マイクロメートル)と認識していただければと思います。

  • 1 µm = 1 mm の1000分の1
  • 10 µm = 1 cm の1000分の1

ちなみに「1 nm(ナノメートル)」は1 µmのさらに1000分の1、さらにその1000分の1は「1 pm(ピコメートル)」です。

細胞はまるで、レンガ造りの家を構成する一つ一つのレンガのようです。
しかし実際には、細胞はレンガのように硬いものではなく、またとりうる形も非常に多様です。

例えば、神経組織を形成する神経細胞と、肝臓を形成する肝細胞では、細胞の形状・大きさがまるきり違います。

また、一つ一つの細胞の中は液体で満たされており、タンパク質や脂質、核酸などが存在します。

細胞内小器官:細胞の機能を分担する膜区画

それでは、細胞の中にもう少し目を向けてみましょう。

私たち真核生物の細胞の中には、膜で囲まれた「細胞内小器官(オルガネラ)」という区画が存在します。

エネルギー供給に重要なミトコンドリア、タンパク質を作る小胞体、DNAの保管場所である核などが代表的なオルガネラです。いろんな機能を持つ区画が集まって、機能を分担しているイメージです。
(ミトコンドリアについては、後ほど詳しく説明しています。)

ちょうど自分がいるラボからは大阪大学医学部附属病院が見えるのですが、病院の中でも、外科手術を行う手術部、救急の患者さんの治療を行う救急救命センター、データを取り扱う医療統計部など、各部門がそれぞれ独自の機能を持ち、全体として病院の機能が最大限発揮できるよう統制されています。

細胞の場合も同様に、各オルガネラが適切に働くことが、細胞全体の機能にとって重要です。
さらにいうと、細胞同士が集合して作る組織・臓器、ひいては私たち個体の健康に貢献しています。

序盤のお話を簡単にまとめたいと思います。

  • 生命の構成単位:細胞の中には、オルガネラと呼ばれる膜区画がある。
  • オルガネラはそれぞれ独自の機能を持ち、役割を分担し、細胞機能に貢献している。
  • 細胞が集まって組織や臓器が構成され、個体が成り立つ(=階層性がある)。

細胞が恒常性を維持するために

細胞は様々なストレスに晒される

先述した通り、一つ一つの細胞の健康を維持することが、個体全体の健康を維持するのに必須です。

しかし、細胞は日々様々なストレスにさらされ、その健康を脅かされています。
酸化ストレス、低酸素、熱ショック、などなど・・・。あげれば枚挙にいとまがありません。

こうしたストレスが原因で不要・異常なものが細胞内に蓄積するケースがあります。
これらが過剰に蓄積すると、細胞の正常な機能を阻害し、細胞の健康に支障をきたすことがあります。

日常生活で例えると、ゴミ掃除をしなければ部屋にゴミが溜まって生活しにくくなるように。
あるいは、地震などの大きなアクシデントがあって部屋の中に処理しなければいけないものが一気に増えた時、それらをきっちりと片付けなければ生活が大変になるように。

すなわち、部屋の中のものを定期的に(ある時は必要に応じて臨時的に)処分し綺麗に保つことで、「部屋の中の環境を一定に維持すること」が快適な生活に重要です。

この「内部環境を一定に維持する」ことを、「恒常性を維持する」と言います。

細胞にとっても、内部環境を維持すること=恒常性を維持することが、細胞の健康にとって重要だと考えられています。

それでは細胞は、いったいどのようにして定期的に細胞内のものを処理し、清潔に維持しているのでしょうか?

細胞内大規模分解システム・オートファジー

選択的・非選択的オートファジー

イントロダクションでほんの少し述べたように、オートファジーは細胞内の成分を分解する細胞浄化システムです。

オートファジーには、大きく分けて二種類の経路があります。

  1. タンパク質・オルガネラなどの細胞質成分をランダムに分解する“非選択的オートファジー”
  2. 特定のものを認識して分解する“選択的オートファジー”

非常に簡単に例えると、ゴミの種類を鑑みずなんでも分解するという経路と、「これはまだ使える」「これはダメージが大きいからもう使えない」とか、「これは可燃物」「これは不燃物」と判別してからゴミを処理する経路があります。

オートファジーの基礎

それでは、どのようにしてオートファジーは起こるのでしょうか。

ここでは、まず非選択的オートファジーの仕組みについて簡単にご説明したいと思います。
みなさんが実際に部屋のゴミを捨てるところを想像しながら説明を聞いていただければと思います。

まず隔離膜(分解のターゲットを隔離する膜)と呼ばれる膜構造が細胞内に現れ、細胞質成分を取り囲むようにして膜が伸張していきます。ちょうどゴミ袋でゴミをかき集めるようなイメージです。

隔離膜が閉じると、オートファゴソームと呼ばれる膜構造が形成されます。
ゴミ袋の蓋をきっちり閉じたような状態です。

そして、オートファゴソームは細胞内の分解工場であるリソソーム(酵母や植物では液胞と呼ばれる区画)に運ばれ、リソソームと融合します。

するとリソソーム内の分解酵素がオートファゴソームの中身を分解します。例えるなら、ゴミ処理場へゴミ袋を持って行き、中身を処分するようなイメージです。

実際はこのように簡単に説明できるほど単純ではないのですが、このようなメカニズムを利用して、細胞は自分の中のものを積極的に分解し、システム全体の健全性・恒常性を維持しているのです。

「自らの中身を積極的に壊して全体の健全性を維持する」
まるで組織を運営する際の教訓のようなことを、細胞は実践しているのですね。
ぜひ、見習いたいものです。

選択的オートファジーで特定のものだけを分解する

選択的オートファジーは、大部分は先ほど説明した非選択的オートファジーと共通の機構を利用します。

決定的な違いとしては、選択的オートファジーは特定のものを選択的に分解する、という点です。

選択的オートファジーの標的となるのは、細胞にとって有害なタンパク質凝集塊ダメージを受けたミトコンドリアなどです。

また、細胞内に侵入した病原性細菌も選択的オートファジーによって除去されることが報告されており、オートファジーが生体防御システムとしても重要であることが示唆されています。

細胞の中に蓄積したものだけでなく、細胞の中に侵入してきた細菌までもターゲットにすることができるとなると、その機能の幅広さが伺えます。

しかし、どのようにして特定のターゲットのみを分解することができるのでしょうか?
どうして標的を間違えることなく、分解することができるのでしょうか?

選択的オートファジーの経路で特徴的なことは、分解ターゲットになるものが特定のタンパク質分子(分解の目印)によってタグ付けされる、という点です。

そしてこの分解タグを目印として、オートファジーが特定の対象に対してのみ作用し、隔離膜で対象を取り囲みます。

あとは非選択的オートファジーと同様、リソソーム(あるいは液胞)まで運んで分解します。

分解すべきものだけをきっちりと分解するため、このような工夫がなされているのです。

それでは、オートファジーに関するここまでのお話を簡単にまとめますね。

  • オートファジーは細胞の中のものを分解することで、細胞の恒常性維持に貢献している。
  • 選択的・非選択的オートファジーの二つの経路がある。
  • 隔離膜が分解対象を取り囲み、オートファゴソームが形成され、リソソーム(液胞)で分解される。
  • 選択的オートファジーでは、特定の分解対象がタグ付けされる。

ミトコンドリアを丸ごと分別・除去するマイトファジー

私が注目しているのは、この選択的オートファジーの分子メカニズムです。

選択的オートファジーの中でも特に、ミトコンドリアを丸ごと隔離し分解するオートファジー(ミトコンドリア特異的オートファジー:マイトファジー)の分子機構を徹底的に理解し、「どのようにしてミトコンドリアの質・量が維持されているか」を解明するため、日夜研究に取り組んでいます。

ここでミトコンドリアが登場するので、このオルガネラについて少し詳しく紹介させていただきます。

ミトコンドリアなしでは生きられない

先ほど、私たち真核生物の細胞の中には膜で囲まれたいくつかの区画があり、それらが細胞機能を分担しているというお話をしました。

それら膜区画の中でも、ミトコンドリアはATP(アデノシン三リン酸)というエネルギー通貨を供給する工場です。

Mitochondria are bioenergetic power plants in the cell

ここで産生されたATPは、皆さんがこの記事を理解するのに必要な脳活動や、スマホ画面をスクロールするために指の筋肉を動かすことなどに使われます。

ミトコンドリアがなければ私たちは3分も生きることができない、とまで言われているほど重要なオルガネラです。

「ATPがなぜエネルギー通貨として優れているのか」ということも面白いのですが、本筋と少しずれるため、他の著書に説明をお任せします。

ミトコンドリアはどのようにエネルギー通貨ATPを作るのか?

それでは、ATPはどのようにして作られるのでしょうか?

ミトコンドリアにおけるATP産生は、電子伝達系のタンパク質複合体(複数のタンパク質が組み合わさってできているもの)を介して行われます。

ミトコンドリアは外膜・内膜の二重の脂質膜により囲まれた構造を持ちますが、電子伝達系を構成するタンパク質複合体(下の図中Ⅰ〜Ⅳ)は内膜に埋め込まれた形で存在します。

この複合体を介してどのようにATPが産生されるのか、簡単にご説明します。

電子伝達系という名前が示す通り、まず、電子伝達系を構成するタンパク質複合体からタンパク質複合体へと電子が受け渡されていきます。

この電子の受け渡しが起こる過程で、ミトコンドリアマトリクス(ミトコンドリア内膜よりも内側の空間)から外膜・内膜の膜間スペースへプロトン(H+)が汲み上げられます。
水力発電用のダムの貯水湖に水が蓄積するようなイメージです。

そして、この汲み上げられたプロトンがもう一度ミトコンドリアマトリクスへと流入しようとします。

この時、プロトンがATP合成酵素内を通過するときの運動エネルギーを利用し、ATPが産生(化学エネルギーに変換)されます。

すなわち、ミトコンドリア内膜を挟んで形成されるプロトン濃度勾配が駆動力となり、ATPが作られるのです。

水力発電と同じような装置がミトコンドリアの中で動いている、というのは驚きですね。

しかし実は、この電子伝達の過程で「活性酸素種」と呼ばれる副産物が生み出されるということが知られています。

電子伝達の過程で活性酸素種が発生する

「活性酸素種は老化を進行させてしまう」というようなことを、もしかするとテレビやCMでお聞きされたことがある方もいらっしゃるかもしれません。

活性酸素種は、確かに細胞にとってネガティブな影響を与える場合もあるのですが、実は正常な細胞機能に必要な場合もあります。ですがここでは、ネガティブな側面に着目して話を進めます。

活性酸素種は非常に反応性が高く、ミトコンドリアを構成する脂質やタンパク質とランダムに反応してしまい、ミトコンドリアの構造や機能に悪影響を与えてしまいます。

タンパク質にとっては、正常な構造を維持することが正常な機能にとって重要ですので、活性酸素種と反応することでタンパク質の構造が変化してしまうと、通常の機能を発揮できなくなる場合があります。

またミトコンドリアは、その内部に独自のDNAを有しており、ミトコンドリアに蓄積した活性酸素種がミトコンドリアDNAに傷をつけてしまう場合もあります。

つまりミトコンドリアは、エネルギー通貨ATPを供給しつつ、自分にとって危険な活性酸素種を絶えず生み出している、ということになります。

危険を冒してまで、私たちの生命活動に必須のエネルギーを作ってくれている、ということですね。

活性酸素種が過剰に蓄積するとどうなる?

しかし通常は、抗酸化酵素の作用により、活性酸素種が消去されて恒常性が維持されています。
ですので、活性酸素種ができるとすぐに細胞に機能障害が生じる、というわけではありません。

しかし、例えば老化や疾患などが原因で抗酸化能力が低下すると、活性酸素種が過剰に蓄積し、ミトコンドリアにダメージを与える可能性があります。その結果、ミトコンドリア酸化ストレスが引き起こされます。

そして酸化ストレスの蓄積したミトコンドリアをそのまま放置しておくと、周囲にも活性酸素種を撒き散らし細胞全体が機能低下に陥るため、細胞はこのようなミトコンドリアを適切に処理し、恒常性を維持しなければなりません。

この時、ミトコンドリアを丸ごと分解するのに重要なのが、ミコンドリアの質・量を管理するシステム、マイトファジーです。

マイトファジーの生理的意義

前項では、「マイトファジーはミトコンドリアを丸ごと分解するのに重要である」というお話をしました。

しかし実際、「マイトファジーって私たちの健康にどれだけ重要なの?」とお思いの方もいらっしゃるかと思います。

そこで、ここでは詳細な分子機構の話は少し後回しにして、マイトファジーの生理的意義(生体にとってどれほど重要か)についてご説明します。
(マイトファジーの分子機構に関しては、こちらで説明しています。)

マイトファジーが正常に起こらなくなり、損傷ミトコンドリアをうまく除去できなくなると、一体どのような影響が出るのでしょうか。

パーキンソン病とマイトファジーの遺伝的な関連

ここで一つ、具体的な例をあげてマイトファジーの重要性についてご説明します。

みなさんは、パーキンソン病という疾患をご存知でしょうか。

パーキンソン病とは、ドーパミンを産生する神経細胞が減少して起こると言われている神経変性疾患です。
具体的な症状としては、手足の震え、筋緊張の亢進などの運動障害が挙げられます。症状が進行すると、自立的に生活できなくなるケースもあります。

パーキンソン病は高齢者の方の罹患率が高く、超高齢社会を迎えた日本社会においては特に原因究明・予防・治療法の開発が求められている神経変性疾患です。

パーキンソン病は家族性と孤発性に大別されます。

家族性パーキンソン病は遺伝性のものであり、孤発性パーキンソン病は環境因子や生活環境、様々なストレスが関与していると考えられていますが、いずれも発症メカニズムは具体的には明らかになっていません。

そして実は、この家族性パーキンソン病は、マイトファジーを駆動するのに重要な遺伝子に異常が生じていることが原因で起こるのではないかと示唆されています。

すなわち、この家族性パーキンソン病においては、マイトファジーがうまく駆動されずに損傷ミトコンドリアが細胞内に蓄積した結果、神経細胞が細胞死を起こし、病態に結びつくというモデルが考えられています。

患者さんの神経組織で、マイトファジーが細胞の健康にどれほど貢献しているかを直接評価するのは難しいのですが、マイトファジーを誘導して適切に損傷ミトコンドリアを分解することが、病気を予防する一つの手立てになるのではないかとも考えられています。

マイトファジーと健康の関連を議論する時の注意点

しかし、ここで心に留めておくべきことがあります。それは、

「マイトファジーが破綻すると神経細胞に障害が起き、細胞死に至り、病態が進行するというのは、あくまでモデルとして考えられているだけ」

ということ。そして、

「実際にマイトファジーが私たちヒトの体でどれほど重要なのかは、ほとんどわかっていない」

ということです。

そもそも、マイトファジーをヒトの体の中で調べる(“評価する”、とも言います)手立てがありません。これは、オートファジーについても同様です。

つまり、実際にパーキンソン病患者さんの脳でマイトファジーの効率が低下しているのか、そして低下しているとすればそれが病態の直接の原因となっているのか、ということは不明なのです。

また、マイトファジーとアルツハイマー病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)など、パーキンソン病以外の神経変性疾患との関わりを示唆する報告もありますが、こちらも詳細はほとんど解明されていません。

さらに、こうした神経変性疾患だけでなく、マイトファジーの破綻は腫瘍形成や老化の促進にも繋がりうることが示唆されています。しかしこちらも、詳細なメカニズムに加え、ヒトの体ではどうかということについてはほとんどわかっていないと言わざるを得ません。

それでは、ここまでの話を一度簡単にまとめます。

  • ミトコンドリアは生体活動に必須のエネルギー通貨ATPを作るオルガネラである。
  • ATP産生の際、活性酸素種が生み出される。
  • 活性酸素種が過剰に蓄積すると、ミトコンドリア酸化ストレスを生じる。
  • 酸化ストレスの蓄積したミトコンドリアを分解するため、マイトファジーが重要。
  • マイトファジーの破綻は、神経変性やがん、老化に繋がる可能性がある。
  • しかし、実際にヒトの体の中でどれほどマイトファジーが重要なのかははっきりしていない。

基礎科学の底力 -生命現象の共通原理を理解する-

前章では、オートファジーの中でも選択的オートファジーについて紹介しました。

そのなかでも、ミトコンドリアを特異的に分解するオートファジー、マイトファジーの生理的意義についてご説明しました。

しかし、マイトファジーの生理的意義についてだけでなく、細胞がどのようにマイトファジーを駆動し、ミトコンドリアの質・量をコントロールしているのかについても多くは謎のままです。

一口に「選択的オートファジーによってミトコンドリアが分解される」と言っても、そこにどれだけ多くのタンパク質が関わり、連携しているのか、多くの研究者には未だ想像もついていません。

つまり、細胞がどのようにマイトファジーを駆動しているのかという基本的なことについて、私たちはより詳しく知る必要があります。

ここで、私たち基礎科学の研究者の出番です。

私たちなら、細胞で繰り広げられる”ミトコンドリアの質・量管理物語”にどういった重要人物(遺伝子・タンパク質)が登場し、どう活躍するのか、実験室で調べることができます。

The power of basic science

私たちの研究室の”Eternal Question”

「一体、細胞はどのようにしてミトコンドリアの質・量を管理しているのか?」

これが、私たちのラボが細胞に問いかけている疑問です。
ミトコンドリアの質・量を管理するシステムの一つとして、マイトファジーに着目し、研究を行なっています。

この疑問をざっくり別の表現で置き換えますと、

「マイトファジーを駆動するにはどのようなタンパク質が必要なのか?」

「それらのタンパク質はどのような働きをするのか?」

ということになります。

これらの疑問に答え、人類がマイトファジーについてこれまでよりも詳細な論理的記述ができるように、私は大学院のラボで基礎研究を行なっています。

ここまで、マイトファジーの分子機構に関する詳細なお話はしていませんでしたが、いよいよ次の章からその辺りのお話に入っていきます。

私の研究:酵母を使ってマイトファジーの基本原理を理解する

いきなり「酵母を使って」とタイトルにあると、「どうして急に酵母の名前が挙がってきたの?」と不思議に思われる方もいるかもしれません。

ビールを作ったり、パンの生地を膨らませる時に活躍する酵母ですが、実は、この生物がマイトファジーの基本的な分子機構を探るのに強力なツールになるのです。まさに私は、この酵母を使って研究を行なっています。

どうして酵母が研究で活躍する? -優れたモデル生物-

さて、いざマイトファジーの分子機構の研究をしよう!マイトファジーに関連するタンパク質を見つけて、解析しよう!という時、多くの研究者が酵母をモデル生物として用いて研究を行なっています

モデル生物とは、生物種を越えて共通に存在する生命現象の解析に用いられる生物のことです。

モデル生物として酵母を用いる利点は、主に以下の点が挙げられます。

  1. 実験室での操作が簡単。
  2. 遺伝子操作が簡単(遺伝子を欠損させることが容易)。
  3. 増殖が早い。

特に「2. 遺伝子操作が簡単」という点が強力で、酵母細胞では遺伝子を欠損するという操作が哺乳類培養細胞などを用いる場合と比べて非常に簡便です。

「遺伝子を欠損させる」という表現が出てきましたが、こちらは次のパートでもう少し詳しく説明します。

遺伝子、DNA、タンパク質の関係性

遺伝子とは、タンパク質の設計図とも例えられる物質です。タンパク質合成に必要な情報を持ったDNA上の領域のことです。

ここで、DNA・遺伝子・タンパク質の関係について、簡単に図でお示ししますね。

非常に簡単に例えると、ある料理(完成品:タンパク質)を作りたい!というとき、料理本(原本:DNA)のレシピが掲載されているページ(遺伝子)を印刷してコピー(RNA)を作り、それを参考にしながら料理を作るといったイメージです。

コピーを作ることで、大事なオリジナルの料理本を汚すことなく保管したまま、料理することができるのです。この料理本の保管場所が、最初に少しだけ登場した核というオルガネラです。

話を遺伝子に戻します。

様々な実験技術を用いて、自分が狙ったDNA上の遺伝子領域を喪失させ、その遺伝子を働かないようにすることができます。これを、”遺伝子を欠損”させると表現します。

ある遺伝子を欠損させると、その遺伝子をもとに合成されるタンパク質が作られなくなります。その時、マイトファジーに影響が出るかを解析し、その遺伝子(と、それをもとに作られるタンパク質)がマイトファジーに関与するか調べるのです。

そうすることで、マイトファジーに関連する遺伝子を探索することができるのです。

酵母研究から哺乳類細胞へ

オートファジー、マイトファジーは酵母から哺乳類まで幅広い生物種に共通して存在する基本システムです(“保存”されている、という表現をします)。

ですので、例えば以下のような研究展開が可能です。

  1. 酵母を使って様々な遺伝子を欠損させる。
  2. ある遺伝子Aを欠損させた時、マイトファジーの効率が低下することがわかった。つまり、遺伝子Aは酵母マイトファジーに重要である可能性が高い。
  3. 遺伝子Aが哺乳類細胞にも存在するか調べる。哺乳類細胞においても遺伝子Aがマイトファジーに重要であるか解析することができる。

最近はCRISPR-Casシステムなどの遺伝子編集技術が進歩したものの、哺乳類細胞では遺伝子欠損の操作が酵母に比べると難しく、時間もかかります。

一方で酵母は遺伝子欠損株を作製するのが容易なため、上で挙げた1.のように遺伝子をひたすら欠損させ、マイトファジーに関係のありそうな候補を見つけてくるということが短期間で行えます(このような手法を、遺伝子スクリーニングと呼びます)。

つまり、酵母細胞を用いた遺伝子スクリーニングで得た情報を起点に、マイトファジーの分子機構の解析を他の生物種にまで拡張していくことが可能です。

出芽酵母マイトファジーの基礎:何がわかっていたのか?

さて、話を酵母のマイトファジーの分子機構に戻します。

私たちの研究室では、酵母の中でも出芽酵母と呼ばれる種類のものを用いています。
出芽によって細胞増殖する酵母なので、このような名前がつけられています。

それではまず、この出芽酵母の中で、どのようにしてマイトファジーが起こるか説明しますね。

出芽酵母ではミトコンドリアの分解タグとして働く分子としてAtg32が見つかっています(Atg32が”同定”されている、と言います)。

マイトファジーが起きるとき、Atg32タンパク質の分子数が増加します(タンパク質の分子数が増加することを”タンパク質の発現レベルが上昇する”と表現します)。

そして合成されたAtg32は、ミトコンドリア上へ蓄積します。

ミコンドリア上へ集積したAtg32は、オートファジーの進行に重要なタンパク質(Atg8やAtg11)と結合し、オートファジーを進行させる準備を整えます。

それらが引き金となってミトコンドリアを丸ごと取り囲むように隔離膜が形成され、最終的には液胞(哺乳類細胞のリソソーム)まで運ばれて分解されます。

簡単にまとめますと、以下のような順でマイトファジーが起こります。

  1. ミトコンドリアストレスが蓄積。
  2. Atg32タンパク質の発現が上昇。ミトコンドリア上へ集積。
  3. オートファジー進行に重要なタンパク質がAtg32と結合。
  4. ミトコンドリアを取り囲むようにして、隔離膜が形成。
  5. 隔離膜が閉じてオートファゴソームが完成。
  6. オートファゴソームが液胞と融合し、中身のミトコンドリアが分解。

簡単にお話ししてしまうと「なんだそれだけのことか」と思われるかもしれません。

しかし、「きっちりとミトコンドリアに目印をつけ、分解したいものだけオートファジーによって分解する」という綿密な作業が、シンプルな単細胞生物である酵母の中でも起こっているのです。

出芽酵母マイトファジー研究のこれから

前項では、出芽酵母マイトファジーの分子機構を非常に簡単に説明しました。

しかし、果たして上のモデル図に示されるほど話は単純でしょうか?
先ほどの図に登場するタンパク質で、マイトファジーの全てが説明できるのでしょうか?

答えはおそらくそうではありません。

今後、マイトファジーをより理解していくために

私たちの研究室では、過去に行なった遺伝子スクリーニングでマイトファジーに関与する候補遺伝子を数多く取得してきました。

先ほど登場したAtg32も、この遺伝子スクリーニングによって見つかった分子なのです。

しかし実は、Atg32以外にも、スクリーニングで候補として挙がってきた遺伝子がまだまだ残されています。

私たちは、そうした遺伝子の中でマイトファジーに関与するものがないか地道に解析し、報告しています(参考文献 or ラボHPをご参照ください)。

私も、遺伝子スクリーニングで見つかったあるタンパク質に着目し、そのタンパク質とマイトファジーとの関連について解析を進めています。

そのタンパク質がマイトファジーに寄与するということ自体、これまで誰も報告していなかったことですし、今後自分がこのタンパク質のマイトファジーにおける機能をさらに解析し、新たな知見を報告したいと考えています。

そうすることで、”ミトコンドリアの質・量管理物語”に新たな重要人物を登場させて、私たちがそのお話をもっと深く理解できるようになればいいなと思います。

終わりに伝えたいこと:基礎研究から広がる可能性

この記事の締めくくりとして、自分なりに基礎研究について少し考えを巡らせてみたいと思います。

「ある生命現象に関係のありそうな遺伝子をスクリーニングで見つけてきて、一つ一つ解析する」

私たちの研究室で行なっている研究を一言で説明すると、上のようになるかと思います。

正直、地味で地道な作業だと思われた方もいらっしゃるかと思います。

私自身、そう思います。

どういった研究も地道な作業の連続とは思いますが、ドカンとロケットを打ち上げたり、ロボットを作ったり、お薬を創ったり、そのほか人の生活に直接結びつく研究と比べると、自分の研究は人の目につきにくく、どこかひっそりとしているようなイメージを与えてしまうかもしれません。

しかし、

「未来の生物学の教科書に、自分の発見した遺伝子が掲載されているかも?」
「自分がこの遺伝子の新しい機能を解析しなければ、人類は今後ずっとこの遺伝子について知ることがないかも?」

と考えると、自分のやっていることがなんだかとてもすごいことのような気がしてきて、非常にワクワクしませんか?

Hidden genes waiting to be discovered

ここまで細胞の中で起こることについて説明させていただきましたが、

「細胞の中で起こってることなんて、普段意識しないし知らなくても生活できる」

と言う感想を持たれる方もいるかもしれません。

読者の方の中に生物を教えている先生の方がいれば、「どうしてこのようなことを頑張って教えなきゃいけないのか」と思っている方がもしかするといらっしゃるかもしれません。

おっしゃる通りだと思います。

「普段私たちが生きていられるのは、私たちを構成する細胞が日々細胞内浄化を行い、余剰・不良なものを壊してストレスを軽減し、健康を維持しているからだ」なんて、意識する人はいないでしょう。

同じように、iPhoneのMapで自分の現在位置を検索するときにアインシュタインの相対性理論を意識する人はいないでしょうし、この記事をパソコンからご覧になっている方で今のIT社会を支える量子力学の概念に想いを馳せる人はおそらくいないと思います。

以上のことは、知らないからといって生活に困るわけでもなく、勉強しなくても生きていけそうですし、子どもや生徒に教えなくてもいいような事のように思えます。

しかし実は、「普段当たり前に思う・できている事の背景には、私たちの想像を遥かに越えたことが起こっているということ」、

「そして、その理論を確立したり、事象を解明するため、日夜多くの基礎研究者が思考し、実験し、議論しているということ」

は知っておくべきだと思いますし、後世に伝える価値のあることだと感じています。
ですので、ここにしっかり書き記しておきたいと思います。

そして、

そうした中で科学者の好奇心に基づいて生み出された理論や発見された現象が、いずれ人類の社会を基盤から支える、あるいは根底から変えてしまうようなことに繋がりうる

ということもお伝えしておきます。

私も今後、そうした人たちに混じって基礎研究を続けていきたいと考えています。

今回の記事で自分の研究分野についてどれほどわかりやすくお伝えできたかはわかりませんが、「細胞って面白い」「こんなことやってる人がいるんだなあ」と思ってくださる方が一人でもいてくれたらと願い、締めくくります。

ありがとうございました!

大阪大学大学院 生命機能研究科 ミトコンドリア動態学研究室(岡本浩二研究室)
日本学術振興会 特別研究員DC2
大西 真駿 (Mashun Onishi)
Web: http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/jpn/general/lab/34/
E-mail: earth.rotates.around.itself[at]gmail.com
[]内は@に変換してお送りください。
Twitter: @mashun07

記事の中では説明しきれなかった部分や伝えきれなかった部分もありますので、「もっとこういうことを教えて欲しい」ということがあれば、メールでもtwitterでも構いませんので遠慮なくご連絡ください!

もっと詳しく知りたい方のために

参考ページ・論文

参考書籍