はじめまして.九州大学大学院総合理工学府に所属している,博士課程2年の河内裕一(@GiantMediocre)と申します.現在は日本学術振興会の特別研究員に採用され,日々実験・研究を行っています.
突然ですが核融合発電と聞いて「『核』って入っているし危なそうだな」とか「原子力発電と何が違うの?」とか思う人も多いのではないでしょうか.
核融合発電はその名前からか必要以上に怖がられていることが多かったり,世間に詳しく知られていない印象があります.この記事を通じて,そのような誤解が解け,少しでも核融合発電やプラズマに興味を持っていただければ幸いです.
この記事では,核融合発電やプラズマについて知らない人向けに研究背景や核融合に関する内容に多くの文字数を割いており,代わりに私の研究については簡単にまとめています.
核融合やプラズマについて知っている方は私の研究紹介へお進みください.
核融合発電とは −地球に太陽を作る−
持続可能な社会実現への課題:エネルギー問題
近年,“持続可能な社会”という言葉が注目されています.持続可能な社会とは,
すべての人々の安全で包摂的かつ公平な未来を実現するための、低炭素で資源効率に優れ、環境保全に配慮した社会
公益財団法人 地球環境戦略研究機関HP
との説明にある通り,脱炭素すなわち化石燃料を使わない,環境への負荷が少ない社会を差します.
現在の主要な発電方式である火力発電では,化石燃料を利用するため地球温暖化の原因であるCO2が排出されます.
そのため,持続可能な社会の実現へ向けて,火力発電に替わる新たなエネルギー源が求められています.
エネルギー問題の解決策
火力発電の代替となるCO2 を排出しない発電方法として,太陽光発電などの再生可能エネルギーによる発電や原子力発電などが普及しています.
太陽光発電は近年,クリーンなエネルギーとして注目されており,今後も重要なエネルギー源になることが期待されています.
一方で,そのエネルギー供給の不安定さや,台風や洪水による故障及び漏電被害,太陽パネルの処分の際の有害物質発生(解決策の検討も行われており,Laborifyの記事でも紹介されています[1])等の課題があるのも事実です.
原子力発電は安定した発電が可能である,電気代が安くなるというメリットがありますが,メルトダウンなどの大事故の可能性があったり,半減期が数千年以上ある高レベル放射性廃棄物の処理などの問題を抱えています.
これら発電に加えて,核融合発電がエネルギー問題解決の鍵として注目されています.
核融合発電とは簡単にいうと地球に太陽を作って発電することです.
核融合発電はまだ実用化に至っておらず課題もまだまだ山積みですが,2050年代までの実用化に向けて現在も研究が進められています.
ここからは,核融合発電の概要について説明していきます.
核融合とプラズマ
核融合とは読んで字の如く,原子核同士が融合することを意味します.
核融合は太陽の内部で常に起こっており,太陽が地球を照らし続けるために必要な膨大なエネルギーは核融合によって賄われているのです.
このような膨大なエネルギーを生み出す核融合を引き起こすためには,原子核同士を超高速(=超高温,1億度以上)で衝突させる必要があります.
物質は温度を上げていくと個体,液体,気体と状態が変化しますが,気体をさらに加熱すると原子核(=イオン)と電子が離れて独立して運動するプラズマという状態になります.すなわち,核融合が起きるほどの高温では水素などの原子はプラズマ状態になっています.
プラズマ状態では原子核は正の電荷を持っていますので,原子核同士の間にはクーロン力によって互いに反発する力が働きます.核融合を引き起こすためには,プラズマを高温・高密度で閉じ込めてクーロン力に打ち勝って原子核同士を衝突させる必要があります.
太陽内部では太陽自身のとてつもない大きさの重力によって高温・高密度のプラズマが維持されており,核融合が引き起こされているのです.
地球で核融合を引き起こす
核融合で太陽のような膨大なエネルギーを作れるなら,地球でも太陽を作ってしまえば人口70億人分のエネルギーも容易にまかなえそうですよね.
しかし,地球上では太陽のように大きな重力を作り出すことができず,重力で高温のプラズマを閉じ込める(=維持する)ことができません.
では,どうやって地球で核融合を起こすのでしょうか.
現在,地球で核融合を引き起こすために2つのプラズマ閉じ込め方式が提案されています.それは,磁場閉じ込め方式とレーザー閉じ込め方式です.
レーザー閉じ込め方式
レーザー閉じ込め方式では,個体の水素に対して高出力のレーザーを四方八方から入射し,超高密度のプラズマを閉じ込めて核融合を引き起こします.
パルスレーザーによる核融合を1秒間に数回起こすことで断続的にエネルギーを得ることができます.現在日本では,大阪大学が主に研究を行っていますので詳しい内容は大阪大学のHP[5]等をご覧ください.
磁場閉じ込め方式
磁場閉じ込め方式ではプラズマが荷電粒子の集まりであるという特徴を利用してプラズマを閉じ込めます.
荷電粒子が磁場中で運動すると,磁場に巻きつくような運動(サイクロトロン運動)をします.そのため,磁場を横切った運動ができなくなります.
しかし,このままだとプラズマは磁場に沿った方向へは自由に運動できます.そのため,プラズマの閉じ込めには磁場構造をさらに工夫する必要があります.
磁場閉じ込め方式はその磁場の工夫の仕方でさらに分類されており,トカマク型[6]やヘリカル型[7],ミラー型[8]などがあります.以下に模式図を引用しています.詳細については参考文献[6-9]等を参考にしてください.
現在はトカマク型が実用化に向けて最も注目されており,世界最大のトカマク装置として国際熱核融合実験炉ITER[11]が様々な国の協力の元で建設されています.
また,ITERをサポートする計画としてJT-60SA[12]が日本の茨城県那珂市に建設中です.2020年度に運転予定となっており,核融合研究進展への貢献が期待されています.
核融合発電と原子力発電の違い
「核」という言葉を聞くと,非核三原則などで聞く通り原子力爆弾が頭に浮かぶのではないでしょうか.そこから連想して原子力発電と核融合発電を同一視する意見がよく見受けられます.
原子力発電と核融合発電はどちらも原子核の反応を利用しますが,原理的には全く異なる発電です.相違点について以下に簡単にまとめています.
発電に利用する反応
原子力発電では重たい原子に中性子を衝突させ,原子核の分裂(fission)すなわち核分裂を引き起こし,その際に発生するエネルギーで発電します.
原子炉内部では重たい原子に中性子をぶつけて核分裂をおこし,生み出された中性子が別の重たい原子に当たる,というように連鎖反応で核分裂が維持されます[13].
一方で,核融合発電は原子核の融合(fusion)すなわち核融合でエネルギーを取り出します.核融合発電では高温高密度のプラズマを磁場やレーザーで無理やり閉じ込め核融合反応を引き起こします.
燃料
核融合発電と原子力発電では利用する燃料も異なります.なぜなら核融合は軽い原子の衝突で起こり,核分裂は重い原子の衝突で起こるからです.
原子力発電では,含有する中性子の個数が異なるウランU235とU238が混ざったものを燃料として利用します.ウランの地中内の埋蔵量は約80年分あり,海水から産出できるようになればと無尽蔵に採取可能になるそうです.
核融合発電では,水素原子に中性子が1つくっついた重水素と中性子が2つくっついた三重水素の核融合反応を発電に利用します.重水素は地球上に普遍的に存在し無尽蔵に採取可能であるのに対して,三重水素は天然にはごくわずかしか存在しません.
しかし,核融合反応で出てくる中性子をリチウムと人工的に反応させ,三重水素を補給することが計画されています(水素リサイクリング)[15].
すなわち,実質的な核融合燃料は重水素とリチウムなのです.重水素とリチウムは海水から無尽蔵に採取可能とされており,枯渇の心配はありません.
安全性
原子力発電においては,停電した際に起こりうる核分裂連鎖反応の暴走が大きな問題です.
福島第一原発事故などの痛ましい事故を起こさないためにも,扱いには最上級の注意が必要であり,暴走を如何に防ぐかの検討が現在もなお行われています.
また,原子力発電では半減期が数万年のものを含む高レベル放射性廃棄物が排出されるため,この高レベル放射性廃棄物の取り扱いにも細心の注意が必要です.
核融合発電の場合,発電に利用する核融合反応を引き起こすためには,プラズマを磁場などで工夫して無理やり閉じ込めないといけません.もし停電などが起こった場合,無理やり閉じ込めていた力がなくなるため核融合反応は止まってしまいます.すなわち,核融合発電においては反応の暴走が原理的に起こりません.
核融合発電において発生しうる放射性物質は三重水素と中性子,そして中性子によって放射化する炉の壁材料です.
三重水素は半減期12年でベータ線を放出しますが,炉内でほとんど消費されベータ線自体も簡単に遮蔽できることから,比較的安全に管理が可能です.
中性子もほとんど炉内で熱変換に利用され,残ったものもコンクリートで遮蔽可能なため発電所の外へ出ることはありません.
放射化する炉の壁材料については現在も検討が進められており,ノーベル物理学受賞者である小柴昌俊氏が以下の通り危険を提唱し論争を産みました.
『核融合誘致は危険で無駄』
…重水素と三重水素を融合させようというのがイータ一計画だが、そのとき高速中性子が大量に出る。これら高速中性子は減速されないまま真空容器の壁を直撃する。この際起こる壁の放射線損傷は、われわれの経験したことのない強烈なものになることは疑いない。
小柴昌俊,朝日新聞,論壇,2001年1月18日
この引用の通り,高速の中性子による壁の損傷及びそれによる壁の放射化は確かに問題であり,核融合発電の大きな課題の1つです.
しかし,放射化した壁は交換して運転することができます.また,放射化した壁の半減期も数十と比較的短いため,数百年単位で炉材料として再利用することができるようになります.
さらには放射化の少ない材料(例えば低放射化フェライト鋼)の開発も精力的に行われており解決に向け確実に歩みを進めています[16].
以上の点から核融合発電の安全性は,暴走が起こらない点や放射線リスクの低さ等からみて,原子力発電よりも安全性は高いとされています(下図も参考).
核融合のメリット・課題
メリット
核融合発電のメリットは前節まででも述べましたが,CO2を排出しない点,安全性,燃料が無尽蔵な点です.特に燃料については無尽蔵に採集できる上に,化石燃料やウランと違い世界中に普遍的に存在するため,他国の情勢による価格変動の影響が少なくなり経済の安定にもつながります.
これらのメリットから,核融合発電はクリーンで安全で半永久的に稼働可能な夢のような発電として表現されるのです.
課題
夢のような核融合発電ですが,まだまだ課題が多く残っており,実用化は2050年頃と言われています.
核融合研究は電気設備や材料,プラントの設計等の工学的要素やプラズマ物理等の理学的要素が合わさった総合理工学的な研究であり,主な課題は工学的な課題と理学的な課題に分類できます.
工学的な課題には,壁の放射化や熱負荷に耐えうる材料開発,超電導コイルやプラズマ加熱装置の性能向上,燃料のリサイクリングシステムの確立等があります.これらの開発研究は,核融合発電の実現や核融合炉の経済性等と深く関わっており重要とされています.
理学的な課題は,核融合装置で観測される多種多様な物理現象の解明です.核融合装置では,突発的なプラズマ崩壊,異常輸送等様々な現象が観測されています.
これらの物理現象を理解し制御することは,核融合発電の性能向上に繋がるため,理論・シミュレーション・実験において世界中で研究が進められています.
以上の課題の中でも,私は理学的な課題である異常輸送現象に関する実験研究を行っています.
これから私の研究について簡単にご紹介します.
研究背景:異常輸送とプラズマ乱流
プラズマの閉じ込め性能
磁場閉じ込め方式の核融合装置で核融合を引き起こすためには,プラズマを高温・高密度で長時間閉じ込める必要があります.
どれだけ高温・高密度で長時間プラズマを閉じ込めるかという指標を閉じ込め性能と呼び,閉じ込め性能は核融合反応率,ひいては核融合発電の効率に直結します.
核融合研究の黎明期においては,プラズマの閉じ込め性能は粒子同士の衝突輸送によって決まるとされていました.衝突輸送とは,粒子同士が衝突することでプラズマの密度や温度が移動していく(輸送される)ことを差します.
衝突輸送だけを考えた試算では,プラズマの加熱パワーや磁場を増やせば核融合はすぐに実現されるであろうと考えられていました.
異常輸送
しかし,核融合の実験が進むにつれて加熱や磁場を増やしてもプラズマの閉じ込め性能が向上しないという現象が観測されました.この現象は多くの装置で観測されており,衝突輸送では説明できないことから異常輸送と呼ばれ世界中で研究されてきました.
プラズマ乱流
近年,核融合装置における異常輸送はプラズマ中に存在する乱流によって引き起こされることが分かってきました.
乱流とは文字通り乱れた流れであり,自然界に普遍的に存在しています.身近なところで言うとコーヒーにミルクをたらした時や混ぜる時にできる模様などがその1つです.
乱流はプラズマの中にも存在しており,プラズマ乱流と呼ばれています.プラズマ乱流は様々な要因で出現しますが,核融合装置においては特に高温・高密度でプラズマを閉じ込めた結果として生まれる勾配が要因となって乱流が出現します.
勾配とは空間的に温度や密度等の物理量が異なっていることを意味しています.
例えば,核融合装置では中心では数億度なのに対し,壁際では室温程度にまで下がります.勾配が大きいとそれだけ乱流を生み出す力が強くなります.
勾配によって励起した乱流はその勾配を打ち消すように輸送を引き起こします.
この乱流による輸送,すなわち乱流輸送が核融合装置における異常輸送の主要因であるということが明らかになってきています[18].
プラズマ乱流の制御
異常輸送の原因がプラズマ乱流であることが分かったら,プラズマ乱流を抑制すれば異常輸送が低減されプラズマの閉じ込め性能が向上することが期待できますね.
しかし,乱流の制御は難しい課題の1つです.なぜなら,プラズマを磁場で閉じ込めると高温・高密度になり勾配,すなわち乱流の発生源は必ず存在してしまうからです.
では,プラズマ乱流をどのように制御すればいいのでしょうか.乱流制御の可能性として,大きな流れを作って乱流を抑制するということが考えられています.
一般に,乱流は相互作用によって大きな流れを作り出すことが知られています.例えば,木星の縞模様は乱流によって生み出される流れであり,帯状流と呼ばれています.
この帯状流はプラズマ乱流によっても生み出されます.プラズマ乱流によって生み出された帯状流はプラズマ乱流を抑制するような働きがあることが分かっています[19].
最近の研究では帯状流とプラズマ乱流が相互作用することで,さらに大きな流れをつくりだし,プラズマの閉じ込め性能が飛躍的に向上する状態を作り出すというモデルも研究されており[20],実験的にも研究が進められています[21].
以上のように,プラズマの閉じ込め性能はプラズマ乱流と密接に関わっているため,プラズマ乱流を理解することはプラズマ閉じ込め性能の向上,ひいては核融合発電の実現のために重要な課題であると言えます.
プラズマ乱流の計測・診断
プラズマ乱流の研究は現在も核融合研究の大きな潮流の1つとなっています.
特にプラズマ乱流に関する実験的な課題として,そもそもプラズマ乱流の計測が難しいという問題があります.
プラズマの計測を英語ではdiagnosticsと表現することがあります.日本語では,お医者さんが患者を診察して病状を判断するという「診断」の意味があります.お医者さんは患者さんの心拍や顔色,体温などの様々な観点から,病気を診断します.
プラズマの計測においても同様で,プラズマの状態を理解するためには様々な観点(=様々な観測)から総合的に判断,すなわち診断する必要があります.
特にプラズマ乱流を診断するためには,密度,温度,流れ,磁場などに加えて,これらの“揺らぎ”の計測が不可欠です.このような様々な物理量と揺らぎの計測には,対応する様々な計測手法が用いられています.
例えば,プラズマに特定のレーザーや電磁波を入射すると密度や磁場,電流などの計測が可能です[24].このほかにもプラズマに電極を差して電流から密度など推定する計測もあります[25].
実際の核融合装置では,計測器が設置可能な場所の制限や計測装置自体の限界などにより必要な情報が不足することが多々あり,プラズマ乱流の実験的な観測や理解が難しいのです.
私の研究:プラズマの”揺らぎ”を診る
前置きが長くなりましたが,私の研究について簡単にご紹介いたします.
研究背景
温度揺らぎ計測の重要性
プラズマを高温で閉じ込めると温度勾配によってプラズマ乱流が励起します.
このタイプのプラズマ乱流については,理論やシミュレーションにおいて多くの研究が行われており,温度勾配が駆動するプラズマ乱流が励起すると温度が大きく揺らぎ,大きな熱輸送を駆動すると予測されています[17, 26].
これらの理論やシミュレーションの予測を実験で検証するためには,温度の揺らぎの計測が必要です.また,温度の揺らぎと速度の揺らぎを同時観測できれば,プラズマ乱流が駆動する熱輸送を評価することができます.
しかし,温度の揺らぎを計測することが重要であるにも関わらず温度の揺らぎ計測は一般的に困難とされています.
そのため,温度勾配が駆動する乱流が本当に核融合装置に存在するのかは未だに確証が得られておらず,実験的な研究が滞っている状況なのです.
揺らぎ計測の難しさ
プラズマ乱流の計測には揺らぎの計測が必要であると前節で述べました.揺らぎの計測には速いスピードでの計測が求められます.
例えば,核融合装置で観測されるプラズマ乱流の周波数は数十~数百kHzになります.プラズマ乱流を計測するにはその周波数よりも速い計測が必要です.
目安としては数MHzで計測することが望まれます.1MHzで計測することは,1秒間に1,000,000回計測することを意味します.このような計測の速さを時間分解能と呼びます.
近年では計測器の発展により,粒子や磁場,電場の揺らぎに関しては高い時間分解能で計測できるようになってきました[27].一方で,温度については未だに高時間分解能の計測は困難とされています.
そのため,高時間分解能で温度の揺らぎを計測すべく,計測装置の性能向上へ向けて多くの研究・開発が現在もなお行われています.
データ解析によるアプローチ
温度揺らぎ計測へ向けて,計測器の性能向上や開発が進んでいる一方で,データ解析による温度揺らぎ計測へのアプローチも研究が進められています.
近年,機械学習などの発展によりデータとその解析方法の重要性が認識されてきました.プラズマの研究においても様々な計測に対し,様々なデータ解析が適用されています.
私の研究では,時間分解能の悪い温度計測のデータに対してデータ解析手法でアプローチし,時間分解能を改善することで温度の揺らぎ計測を行っています.
実験装置・解析手法
直線プラズマ装置PANTA
私たちの研究室では,プラズマ乱流の研究に特化した直線プラズマ装置PANTA (Plasma Assembly for Nonlinear Turbulence Analysis) で実験を行っています[28].直線プラズマ装置では核融合装置に比べて計測の制限が少なく,多くの計測器でプラズマ乱流を同時計測できます.
PANTAでは低温・高密度(数万度,~1019 m-3)のプラズマを生成し,密度勾配に起因するプラズマ乱流について主に研究しています.温度勾配に起因するプラズマ乱流は発生しませんが,プラズマ乱流がどのように変化していくか等の乱流基礎過程の研究を行うことができます.
静電プローブ:揺らぎ計測
PANTAでのプラズマ計測には,プラズマに電極を差して計測する静電プローブが使われます.静電プローブ計測と言っても様々な種類があり,回路等によって計測できる物理量や時間分解能が変わります.
1つの電極を使った静電プローブ計測では,高い時間分解能で密度計測及び電位計測が可能です[25].
このような静電プローブを複数並べることで,空間的に多くの点でプラズマ乱流を計測できます.例えば,円環状に64個並べられた静電プローブ(64chプローブ)がPANTAには搭載されており,密度の揺らぎがグルグルと回転している様子を捉えることができます[29].
静電プローブ:電子温度計測
静電プローブでは電子温度の計測も可能です.PANTAでは電極を2つ利用するダブルプローブ計測によって電子温度と密度を計測しています.
ダブルプローブ計測では電極に周期的に電圧を印加し,電圧と電流の関係から温度を計算します.そのため,時間分解能は電極にかける電圧の周期に依存し,通常は100~1000Hzの時間分解能になります.
PANTAで観測されるプラズマ乱流の周波数は十数kHzであるため,この計測では電子温度”揺らぎ”の計測はできません.
条件付き抽出法
私の研究では,ダブルプローブによる電子温度計測の時間分解能を条件付き抽出法によって改善しました.
条件付き抽出法とは,揺らぎの出現した時間を元にデータを再抽出する解析です[30].この手法をダブルプローブ計測で得られたデータに適用しました.
実際の解析では,
- 時間分解能の良い密度計測から得られた”揺らぎ”の出現時間を検知
- 出現時間毎にダブルプローブ計測で得られる電流・電圧を再抽出
- その時間毎に得られた電流・電圧の特性から温度や密度計算.
という流れで温度の揺らぎを再構成しました.
研究結果
PANTAで観測したプラズマ乱流に上記のデータ解析を適用し,ダブルプローブ計測から電子温度揺らぎと密度揺らぎのパターンの再構成することに成功しました[31].
この結果から,
- プラズマ乱流によって電子温度の揺らぎがどの程度の強度なのか
- どこに温度の揺らぎが存在するのか
- 密度揺らぎとどのような関係にあるのか
などが明らかになりました.またこれらの特徴がドリフト波と呼ばれるプラズマ乱流の特徴と一致する揺らぎを発見することができました.
この研究を通じて,計測困難な電子温度揺らぎを計測可能にする新たな手法を確立することができました.
今後の研究
今回用いた解析手法は様々な計測において適用可能であり,実際に粒子輸送計測への応用も行っています[32].
今後の研究では開発してきた手法を使った,イオン温度揺らぎ計測や乱流熱輸送の計測を計画しています.さらには,これまで直線装置で開発したこの手法を実際の核融合装置においても適用していく予定です.
おわりに
この記事では導入として,核融合発電の概要やその課題について説明しました.さらに核融合研究の課題の中でも,私の研究であるプラズマ乱流の計測,すなわち「プラズマの”揺らぎ”を診る」ことに関する研究についてまとめてきました.
私がこの記事を寄稿しようとしたきっかけは,世間の核融合への認知度の低さ,あるいは「核」の文字だけを見て何も調べないで怖がる人の多さを痛感してきたからです.確かに核融合は難しいことが多々ありますが,こんなにも夢のある魅力的な発電方法をもっと世間に知って欲しいと思っています.
この記事ではもっと核融合について知りたい方のために敢えて参考文献を多めに引いていますので是非参考にしてください.
大学等で核融合について深く学びたい,核融合の実現に携わりたいと感じた方は核融合研究所のHP[33]に核融合に関することを学べる大学がまとまってありますので,参考にしてください.
長文にご付き合いいただきありがとうございました.質問・訂正・叱咤激励ございましたらコメントしていただくか,私のHPよりご連絡ください.
参考文献・資料
[1] 西久保綾佑,「塗って作れる! 将来を担う『ペロブスカイト太陽電池』の材料研究」Laborify,URL: https://laborify.net/2019/04/06/nishikubo-perovskite-solarcells/
[2] S. Ishida, P. Barabaschi, and Y. Kamada, Fusion Engineering and Design 85, 2070 – 2079 (2010) DOI: 10.1016/j.fusengdes.2010.07.027
[3] A. Komori et al., Fusion Sci. Technol. 58, 1 (2010) DOI: 10.13182/FST58-1
[4] レーザー核融合技術振興会,核融合エネルギー,URL: http://www.ilt.or.jp/forum/FusionEnergy.html
[5]大阪大学レーザー科学研究所核融合プラズマ科学グループ,高速点火レーザー核融合, URL: https://www.ile.osaka-u.ac.jp/research/fps/fastignitionreserach.html(最終閲覧日:2020年4月13日)
[6] 岡野邦彦,プラズマ核融合学会誌11月【81‐11】/付録: トカマクによる核融合開発の概要,URL: http://www.jspf.or.jp/Journal/PDF_JSPF/jspf2005_11/jspf2005_11-894.pdf(最終閲覧日:2020年4月13日)
[7] 自然科学研究機構核融合科学研究所,大型ヘリカル装置計画,URL: https://www-lhd.nifs.ac.jp/pub/LHD_Project.html(最終閲覧日:2020年4月13日)
[8] 筑波大学プラズマセンター,ミラー磁場によるプラズマ閉じ込めとタンデムミラー方式による閉じ込めの改善,URL: https://www.prc.tsukuba.ac.jp/wp/タンデムミラー装置ガンマ10/ガンマ10全体図(最終閲覧日:2020年4月13日)
[9] 文部科学省,核融合エネルギーの実現に向けて,URL: https://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/fusion/(最終閲覧日:2020年4月13日)
[10] Engadget 日本版,人工の太陽を造れ!美しすぎる核融合研究施設「LHD」の全貌,URL: https://japanese.engadget.com/jp-2017-01-01-lhd.html
[11] 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構,国際熱核融合実験炉 ITERウェブサイト,URL: http://www.fusion.qst.go.jp/ITER/(最終閲覧日:2020年4月13日)
[12] 国立科学技術研究法人量子科学研究機構,JT-60SA計画とは,URL: https://www.qst.go.jp/site/jt60/5150.html(最終閲覧日:2020年4月13日)
[13] 原子力教育を考える会,よくわかる原子力-原子力発電の原理,URL: http://www.nuketext.org/genri.html
[14] 東海村の原子力,東海村・原子力広報・防災マップ,URL: https://www.vill.tokai.ibaraki.jp/section/gensiryoku/13_pamphlet/bosaimap2019/p04aboutNucPower.html
[15] 工藤博司,核融合炉燃料トリチウムの製造と化学. Radioisotopes, 1985, 34.8: 432-441. DOI: 10.3769/radioisotopes.34.8_432
[16] 野田哲二,プラズマ核融合学会誌5月【79−5】/解説,URL: https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspf/79/5/79_5_452/_pdf
[17] 福田 大展,”核融合発電に投資すべき?~トリチウムの放射線リスクを定量的に考える”,科学コミュニケーターブログ,URL: https://blog.miraikan.jst.go.jp/event/20140611post-490.html
[18] W. Horton, Rev. Mod. Phys. 71, 735 (1999), DOI: 10.1103/RevModPhys.71.735
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[20] Eun-jin Kim and P. H. Diamond, Phys. Rev. Lett. 90, 185006 (2003), DOI: 10.1103/PhysRevLett.90.185006
[21] L. Schmitz, et al., Phys. Rev. Lett. 108, 155002 (2012), DOI: 10.1103/PhysRevLett.108.155002
[22] NASA, Hubble Spots Jupiter’s Great Red Spot, URL: https://www.nasa.gov/image-feature/hubble-spots-jupiter-s-great-red-spot (最終閲覧日)
[23] GKW,Homepage,URL: http://www.gkw.org.uk/tikiwiki/HomePage (最終閲覧日)
[24] プラズマ・核融合学会,”プラズマ診断の基礎と応用”,コロナ社,(2006)
[25] 堤井信力,”プラズマ基礎工学”,内田老鶴圃,(1995)
[26] A. M. Dimits, et al., Phys. Plasma. 7, 969 (2000),DOI: 10.1063/1.873896
[27] I. H. Hutchinson, “Principles of Plasma Diagnostics” Cambridge University Pres. (2005)
[28] S. Inagaki et al., Sci. Rep. 6, 22189 (2016) DOI: 10.1038/srep22189
[29] T. Yamada et al., Nat. Physics 4, 721, (2008) DOI: 10.1038/nphys1029
[30] Y. Kawachi et al., Plasma Fusion Res. 13, 3401105 (2018) DOI: 10.1585/pfr.13.3401105
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[32] Y. Kawachi et al., Plasma Fusion Res. 14, 1402090 (2019) DOI: 10.1585/pfr.14.1402090
[33] 自然科学研究機構核融合研究所,プラズマ・核融合を学べる大学・研究室,URL: https://www.nifs.ac.jp/study/
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