はじめまして。大阪大学工学研究科応用化学専攻、博士後期過程2年の西久保綾佑と申します。薄膜型太陽電池の研究をしており、化学と物理の中間地点で研究しています。
太陽電池というと、多くの方は建物の屋根や空き地に設置されたゴツい板を思い浮かべるかもしれませんが、我々は紙のようにペラペラな全く新しい太陽電池を目指しております。
基礎から分かりやすく解説していくので、ぜひ安心してお読みください。
導入
太陽光のパワー
太陽では、4つの水素原子から1つのヘリウム原子が作られる核融合反応が起きており、そのエネルギーは想像を絶するものです。
例えば、全世界で必要とされるエネルギーは総計18テラワット(2015年)と算出されていますが、地表に届く太陽光のエネルギーは85000テラワットにのぼるとされています[1]。
つまり、地上に降り注ぐ太陽エネルギーは、全世界のエネルギー需要の4700倍以上もあるということになるのです。凄まじい量ですね。
太陽光発電とは
太陽光のパワーを利用した発電方法が太陽光発電であり、『太陽電池』を用いて太陽からの光エネルギーを電気エネルギーに直接変換します。
この太陽電池を複数集めて並べたものが『ソーラーパネル』であり、建物の屋根や空き地に設置して使われています。
太陽光発電は無尽蔵かつクリーンな発電方法であることから、わが国を含め世界各地で導入が進められています。
太陽光発電に関する疑問
太陽電池は我々の身の回りにだんだんと浸透してきましたが、その原理を知っている人は少ないと思います。いったいどうやって光を電気に換えているのでしょうか。
また、太陽光発電で本当に人類のエネルギーをまかなえるのかと疑問を持つ方も多いと思います。太陽光発電のポテンシャルがどれだけのものか、気になりますよね。
実は知られていない意外な事実
我々の身の回りでは、照明やテレビ、スマホ画面等で多くの発光ダイオード(LED)が使われています。実はLEDと太陽電池は同じような構造なのです。
これもあまり知られていませんが、モンゴルにあるゴビ砂漠の半分を市販の太陽電池で埋めれば全世界のエネルギーをまかなえるといわれています[1]。
将来、人口増加や石油燃料の枯渇によるエネルギー不足の心配がありますが、それを補えるポテンシャルが太陽光発電にはあるのです。
しかし、現状の太陽光発電はコストや場所など多くの問題があり、普及が進みにくいのも事実です。では、太陽電池についてより詳しく見ていきましょう。
太陽光発電の基礎
太陽電池のしくみ
ここからは、太陽電池のしくみについてざっくりと説明していきます。
太陽電池は、主に光を電気に換える『半導体』を金属の『電極』でサンドイッチした構造です。『半導体』とは、金属と絶縁体の中間のような物質です。光をあてたり、種類によっては加熱すると電気が流れるようになります。
半導体が光を吸収すると、半導体中の電子が光エネルギーを受け取り(『励起』という)、自由に動くようになります。この電子を『自由電子』といいます。
自由電子が抜けた穴である『正孔』も自由に動きます。自由電子がマイナスの電荷をもった粒子なのに対し、正孔はプラスの電荷を持つとみなせます。
これらの自由電子と正孔が別々の電極に集まるよう半導体を組み合わせます。自由電子をよく流すn型半導体や、正孔をよく流すp型半導体、自由電子と正孔どちらも流すi型半導体などを組み合わせるのです。
図のように、p/n型構造やp/i/n型構造といった組み方があります。ここに光があたると、自由電子と正孔がそれぞれ表側と裏側の電極に集まり、 −極と+極ができます。こうして電気を外に流すようになります。
実際の太陽光は様々なエネルギーの光が混ざっているため(例えば赤色は低エネルギー、青色は高エネルギー)、これらを幅広く吸収し、効率よく電気に換えることが求められています。
現行の太陽電池
では、現在一般的に使われている太陽電池はどのようなものなのでしょう。
現行では、ケイ素(Si)を主成分とする『シリコン太陽電池』が最も多用されています。多くの方が太陽電池と聞いて想像する「ゴツい板」はこれです。
シリコン太陽電池は高い変換効率(実験レベルで27.6%、市販で15~21%)と耐久性を有しています[2]。(変換効率とは、光エネルギーを電気エネルギーに換える効率です。)
しかしながら、コストや利便性に問題をかかえているのも事実です。
シリコン太陽電池の製造では、原料のシリコンを高温で溶かしてから徐々に冷やして結晶化させることで作るため、多くのエネルギーが必要です。
またシリコンは光吸収が弱く、多くの原料を使って分厚くしなければいけません。重くて折り曲げもできないので、使える場所も限られてしまいます。
最新の太陽電池研究
将来の太陽電池に求められること
以上を踏まえると、今後の太陽電池に求められる条件は以下の通りです。
・安価な原料と容易な製造プロセス。
・高い変換効率と、長期間使える耐久性。
・薄くて折り曲げできること。
これだけの条件を満たすのは容易ではありません。しかし近年、ある大きなブレイクスルーが起こり、太陽光発電の将来図が大きく変わりつつあります。
今注目の「ペロブスカイト太陽電池」
近年、『有機無機ペロブスカイト』と呼ばれる半導体材料から成る太陽電池-『ペロブスカイト太陽電池』が大きな注目を集めています。
ペロブスカイト太陽電池は日本の桐蔭横浜大学教授である宮坂力先生らによって2009年に初めて発表されました[3]。
有機無機ペロブスカイトは次のような結晶構造を持ち、組成式は\(\sf{ABX}_3\)です。\(\sf{A}\)は主に有機物イオン、\(\sf{B}\)は鉛などの金属イオン、\(\sf{X}\)はヨウ素などのハロゲンです。
例:\((\sf{CH}_3\sf{NH}_3)\sf{PbI}_3\)など。
\(\sf{CH}_3\sf{NH}_3\)はメチルアンモニウム(MA)イオンという有機物イオン、\(\sf{Pb}\)は鉛、\(\sf{I}\)はヨウ素。)
近年の研究から、この有機無機ペロブスカイトがp/i/n型構造の太陽電池のi型半導体として大変有望であることが分かってきました。
例えば、シリコンと異なり安価かつ、溶液を塗るだけで簡単に作れます。プリンターで印刷するように簡単に作れてしまうのです。しかも、紙のように薄いのにほとんど光を透過せず吸収します。それも青色から赤色まで幅広い領域の光を吸収できます。
これだけの利便性を持ちつつ、シリコンと同様の高い性能を兼ね備えているのも驚きです。
発表当初は3.9%ほどの変換効率でしたが、この10年で飛躍的に研究が進み、実験室レベルでは変換効率23.7%にまで到達しました[3, 4]。これはシリコンに迫る勢いです。
さらに有機無機ペロブスカイトとシリコンを組み合わせたタンデム太陽電池は28%と非常に高い変換効率を達成しています。
ちなみに、上図では多接合太陽電池というものが高い効率を示しています。これは幾つもの半導体を接合して作られており、大変高価で一般普及は厳しいです。
一方ペロブスカイト太陽電池はコストパフォーマンスがすばらしいですね。
ペロブスカイト太陽電池の課題
しかしながら、長期使用における耐久性や、人体に有毒な鉛を含んでいることが問題視されています。
最近の研究により耐久性は改善しつつありますが[5]、依然として鉛は問題です。鉛は体内に入ると血液に必要なヘモグロビンの合成を阻害する鉛中毒を引き起こしてしまいます。
そのため使用後の廃棄処理が大変で、環境汚染の心配もあり、鉛をより低毒な元素で置き換えることが求められているのです。
新たな太陽電池材料の研究(筆者の研究)
研究の目的
有害な鉛を含むことは有機無機ペロブスカイトの問題点です。そこで、鉛を無害な元素で置き換えた材料を探索・性質を調査し、新たな太陽電池の創生につなげることが私の研究目的です。
研究手法―強力な威力をもつ『TRMC測定法』
私の所属する研究室では、『時間分解マイクロ波伝導度測定(TRMC)』という特殊な測定を行うことができます[6]。
TRMCでは、まず測定ターゲットとなる半導体薄膜に光をあてます。すると光が吸収され自由電子と正孔が生成します。ここにマイクロ波をあてると、自由電子や正孔がマイクロ波のエネルギーを吸収し、振動し始めます。
半導体の中で自由電子や正孔が動きやすいと、マイクロ波がたくさん吸収され、自由電子や正孔がたくさん振動します。
よってマイクロ波がどれだけ吸収されたかを見ることで、その半導体中での自由電子や正孔の『動きやすさ』を評価できるのです。
自由電子や正孔が動きやすい半導体ほどたくさんの電流を流せるので、太陽電池材料として優れているといえます。
私はこのTRMC測定を主力として、新たな太陽電池材料の探索および性質の解明に取り組んでいます。
鉛と同族元素であるスズ(Sn)を利用する。
有機無機ペロブスカイトの鉛を置き換える候補として、スズが有力視されています。
スズは周期表の中で、鉛の真上に位置する元素です。鉛と似た電子配置のため簡単に置き換えることができ、理論上は高いスペックが期待されています(スズペロブスカイト: \(\sf{ASnX}_3\))。
しかしスズはとても酸化されやすく、実際は高い効率や耐久性が得られていません。元々2価イオンであったスズイオンが、極微量の酸素により4価イオンに酸化されてしまうのです。
そこで私は、TRMC測定など複数の手法を組み合わせて、スズペロブスカイトの劣化メカニズムを調べました。
その結果、Aサイトイオンを変えると大きな違いが現れました。Aサイトが\(\sf{CH}_3\sf{NH}_3^+\) (MAイオンとよぶ)だと、酸化により不純物部分が生成し、これが自由電子を捕まえてしまうことが分かったのです。
一方A部位がFAイオンという別の種類の有機物イオンだと、不純物部分ができにくいこともわかりました。(FAイオン: \(\sf{CH}(\sf{NH}_2)_2^+\))
このように、本研究によって劣化メカニズムに関する新たな知見を得ることができ、スズペロブスカイトのより良い組成を提示するにいたりました[6]。
新たな非鉛ペロブスカイトを探す
酸素に弱いというスズペロブスカイトの問題を解決することも重要です。そこで、ビスマスなど他の元素を用いた材料で高いポテンシャルを持つものがないか探索しました。
硫化ビスマスの光電変換応用
まず我々は、TRMC測定を用いて様々な無機化合物の光電気信号を測定し、比較を行いました。すると、様々な無機化合物の中で、硫化ビスマスが突出した光電気信号を示すことを発見しました。
私はこの硫化ビスマスに着目しました。これを太陽電池などのデバイスにするには、厚さ数十~数百ナノメートルの薄い膜(薄膜)にする必要があります。
しかし材料を薄膜化しようとすると、酸素などの不純物が入ったり、薄膜を形成する結晶粒が小さくなってしまうことがよくあり、性能低下の要因となります。
そこで私は、簡便な溶液塗布と結晶化プロセスの2段階からなる薄膜作成手法を開拓しました(CASC法)。これにより、高純度かつ高性能な薄膜が作成可能となりました。
現段階では太陽電池化にはまだ障壁があるものの、より単純な構造である光センサとしては高い性能を発揮し[8, 9]、光電変換材料として有望であることを示しました。
このように、同じ材料でもその作製方法によって大きく性能に差が出ることはよくあり、材料本来のポテンシャルを引き出す作製手法を開拓することは重要なのです。
新奇な有機無機ハイブリッド材料の探索
また、最近報告の増えている様々な有機無機ハイブリッド材料も魅力的です。
これらは鉛の代わりにビスマス(Bi)など安全性の高い元素で構成されており、様々な種類が報告されています。
しかし、これら様々な種類の材料の中で、どれが本当にポテンシャルがあるのかよく分かっていません。なぜなら、これらを総合的に比較するような研究がなされていなかったからです。
そこで、TRMC等いくつかの測定手法を組み合わせ、これらの材料群を包括的に比較しようと挑戦しています。材料を絞り込み、太陽電池として使えないかどうか検討していきたいと思います。
非鉛系材料は現状として、太陽電池としての性能は鉛のペロブスカイトにはまだまだ及びません。今後より多くの材料を探索したり、不明な点を調べたり、やることはまだまだ山積みなのです。
終わりに―今後の展開とメッセージ
このように、私は有機無機ペロブスカイトの鉛による毒性を解消するため、様々な非鉛材料を研究してきました。今後も非鉛材料の研究を続けていきます。
また鉛の有機無機ペロブスカイトに関しても実は不明なことが色々あり、それらを解明していきたいと思います。
今日、太陽光発電の革命がだんだん近づいてきています。ペロブスカイト太陽電池以外の種類の太陽電池研究も熱く、互いにしのぎを削っています。
それも大学や国の研究機関に限らず、多くの企業で実用化に向けた研究が行われています。将来、多くの建物や乗り物に搭載される『分散型電源』として、大きな期待を寄せられているのです。
また太陽電池以外の太陽光利用も魅力的です。光によって水を水素と酸素に分解する光触媒など、再生可能エネルギーの研究はますます熱をおびています。
再生可能エネルギーは今すぐは大きな需要はないですが、50年後、100年後、いずれ必要になるときが必ず来ます。我々の「未来をつなぐ研究」に少しでも興味を持って頂けたら、大変嬉しく思います。
大阪大学工学研究科応用化学専攻 日本学術振興会特別研究員DC1 西久保綾佑
✉nishikubo.ryosuke@chem.eng.osaka-u.ac.jp (@を半角に変更)
引用
- https://unit.aist.go.jp/rcpv/ci/about_pv/e_source/esource_2.html (産総研webページ)
- https://unit.aist.go.jp/rcpv/ci/about_pv/types/c-Si.html (産総研webページ)
- A. Kojima, K. Teshima, Y. Shirai, T. Miyasaka, J. Am. Chem. Soc., 2009, 131, 6050–6051.
- NREL Chart (https://www.nrel.gov/pv/cell-efficiency.html)
- M. Saliba, T. Matsui, K. Domanski, J.-Y. Seo, A. Ummadisingu, S. M. Zakeeruddin, J.-P. Correa-Baena, W. R. Tress, A. Abate, A. Hagfeldt, M. Grätzel, Science, 2017, 354, 206–209.
- A. Saeki, S. Yoshikawa, M Tsuji, Y. Koizumi, M. Ide, C. Vijayakumar, S. Seki, J. Am. Chem. Soc., 2012, 134, 19035−19042
- R. Nishikubo, N. Ishida, Y. Katsuki, A. Wakamiya, A. Saeki, J. Phys. Chem. C, 2017, 121, 19650−19656.
- R. Nishikubo, A. Saeki, J. Phys. Chem. Lett., 2018, 9, 5392−5399.
- 西久保綾佑、大阪大学工業会誌TECHNO NET、2018年7月号、13−15ページ。