東北大学大学院農学研究科の博士2年の伊藤浩吉 (いとうこうきち) と申します。専門は海洋生態学で、とくに「海藻とそこに住む動物たちとの関係性」がテーマです。
じつは私、大学4年生になるまで海の生物にはほとんど興味がありませんでした。それが変わるきっかけとなったのが研究のために始めたスキューバ・ダイビングだったのです。
「研究のために」と聞いて驚かれるかもしれませんが、ダイビングも目的によってさまざまです。
楽しむためのファン・ダイビングや、映画「海猿」に出てくるレスキューのダイビングもあれば、ここでご紹介する、科学研究のための「サイエンス・ダイビング」もあります。
そこで皆さんはきっとこんな風に思うでしょう。
●サイエンスとレジャーのダイビングは何がちがうの?
●ふだんどんなところでもぐっているの?
●どんな研究をしているの?
今回はこれらのギモンにお答えしながら、研究室で行っている潜水調査、そして私の研究テーマである海藻の葉の上に住む小さな生きものたちについても少し、ご紹介します!
目次
サイエンス・ダイビングとは?レジャーとは何がちがうの?
ダイビングの種類
ダイビングは大きく、スポーツ・ダイビングと作業ダイビングとに分けられます (表1)。
スポーツ・ダイビングには、趣味や健康のために行うレクリエーショナル・ダイビング、沈船・洞窟探検といった特殊潜水をともなうテクニカル・ダイビングなどがあります。
一方、作業ダイビングには文字通り、水中建造物の点検・修理・建設・洗浄、犯罪捜査・水難救助、研究調査、軍事などあらゆる水中作業がともないます。作業の種類によって、必要な装備も潜水方法も大きく異なります。
ちなみにスキューバ (SCUBA) というのは、空気などをタンクに詰めて携行する潜水手法のことです。これに対して、息をこらえてもぐるスキン・ダイビングや地上からホースで空気を供給するフーカー潜水もありますが、これらの潜水手法についてはここでは扱いません。
いずれにせよ、サイエンス・ダイビングは作業ダイビングなのです。科学の発展に役立つ作業を行うためのダイビングといっても良いでしょう。
では、具体的にどのような作業を行っているのでしょうか。
サイエンス・ダイビングの作業
サイエンス・ダイビングで行う水中作業はズバリ「データの収集」です。
データの収集には、海中現場での生物の計数や計測、採集、行動の観察記録、撮影などが含まれます。
生物だけではありません。それをとりまく水温・光といった物理環境データの観測や、底質 (海底の砂や泥) のサンプリングを行うこともあります。
サンゴ礁の調査を例に考えてみましょう。
まず知りたいと思うのは、どんな種類のサンゴがどれくらいいるか、です。
私たちは通常、代表的なエリアを決めて、その範囲のなかの生物を調査します。一般的に用いられる手法には、コドラート法とライン・トランセクト法があります (図1)。
コドラート法は、一辺1–2 m の正方形の枠を海底に置いて、枠内のサンゴの種類や被度 (海底でどのくらいの面積を占めているか) を見積もります。
現場で種類を確認し、枠内の写真を撮影してパソコン上で輪郭をなぞって面積を求める方法があります。
ライン・トランセクト法は、海底に10–100 m 程度のラインを引いて、ラインと交わったサンゴ礁を評価します。サンゴ礁のモニタリングのほか、魚種の調査など、比較的広域のエリアを調査するときによく用います。
私がいつも携行するものとしては、メジャー・採集道具・カメラ・水中ライト・記録用紙などがありますが、観測機器や生物の標識用タグ、実験器具を持ち込むこともあります。
研究分野によって潜水調査の手法も必要な道具もさまざまなのです。
また、潜水艦と比較するとスキューバの方がはるかに低コストで持ち運びもでき、誰でもできるというメリットがあります。最近では、水中ドローンによる撮影も行われていますが、現場ではダイバーの方がまだまだ有能です (笑)。
しかし、こうした海洋調査をダイバーが行うにはさまざまな条件をクリアしなければなりません。
都道府県の特別採捕許可や漁協の認可、研究機関の認可、海上保安庁への届出はもちろん、ダイバーとしての資格も必要です。
そこでつぎに、サイエンス・ダイバーに必要な資格について見ていきましょう。
潜水士免許と C カード
スポーツ・ダイビングの世界では、PADI や NAUI、SSI、CMAS といった国際潜水指導団体が、受講者の潜水技術に対して、それぞれの認定基準に基づいてライセンスを発行しています。
いわゆる C カード (certification card) と呼ばれるものです。
C カードがあれば、世界中のダイビング・サービスでタンクをレンタルしてダイビングを楽しむことができますが、国内で作業ダイビングに従事することはできません。
これには少なくとも「潜水士免許」と呼ばれる国家資格が必要なのです (図2)。
潜水士免許は労働安全衛生法という法律で規定されており、本来は「資格を持たない者を潜水作業に従事させてはいけない」という雇用主側を規制するためのものです。
ところが、潜水士免許の取得にはダイビングの実技試験は含まれておらず、日本語の選択式の筆記試験さえパスすれば良いのです (過去問を勉強すれば、誰でも簡単に取れます)。
潜水士免許は「潜水士であること」を証明するだけのもので、これを持っているだけではレジャーのダイビングを楽しむことはできません。
では本題、サイエンス・ダイバーに必要な資格とはなんでしょうか。
作業ダイビングですから、各研究機関の長は潜水士免許のない学生・研究者をもぐらせることはできません。また、基本的な潜水スキルはレジャーと変わらないので、C カードを取得しておくことも重要です。
しかし、サイエンス・ダイビングのための明確な法律や規準、安全のガイドラインは日本国内にはまったく整備されていないのです。研究機関ごとに独自に設定しているところもあれば、安全確保のために潜水作業を全面禁止している大学や機関もあるのが現状です。
私は将来、こうした状況を打開したいと思っているのですが、そのお話をすると長くなるので、また別の機会に。つぎに、私たちがふだんもぐっている海のなかの世界をご紹介しましょう!
私たちがもぐる海~海中にひろがる「森」とは?
藻場とその種類
図3を見てください。
陸上の森林とおなじように、海のなかにも海藻の森があるのをご存知でしょうか。
私たちはこの「海中植物が森や林のような空間を構成している場所」を「藻場 (もば)」と呼んでいます。そしてこの藻場こそが、私たちの研究フィールドなのです!
日本沿岸の藻場は大きく3つのタイプに分けられます。
ひとつは海産種子植物のアマモ類が砂泥海底に生育している「アマモ場」(図3 A) です。アマモ類は花を咲かせ種をつくる植物なので、胞子で増える海藻 (海産藻類) と区別して海草 (うみくさ) とも呼ばれます。
あとの2つは岩盤や転石の上に生育する大型海藻の群落で、コンブ類が形成するものを「ケルプ海中林」(ケルプはコンブ目の海藻類の意味) (図3 B)、ヒバマタ目ホンダワラ類が形成するものを「ガラモ場」(図3 C) といいます。
なかでもホンダワラ類は、体じゅうについた浮袋 (葉が変形した「気胞」) のおかげで、細い茎であるにもかかわらず、ときには10 m にも達する体を立たせることができます。このため、ガラモ場はもっとも空間的規模が大きく構造の複雑な藻場となります。
藻場には、海藻を食物とするアワビ・ウニ・サザエなどの植食動物、メバルやアイナメ、イセエビといった藻場を住みかやえさ場とする魚介類が独特の生態系を構成しています。藻場は水産学的にも生物多様性の観点からも重要です。
そのほか、熱帯雨林に匹敵するほどの高い一次生産力、水質浄化機能、沿岸の保全機能、レクリエーションの場としての機能などさまざまな役割が注目されています。
海のなかにあるとはいえ、藻場は私たちの生活を豊かにしてくれる重要な生態系なのです。
磯焼けと藻場のモニタリング調査
藻場の役割が重要視される一方で、その衰退も問題視されてきました。
1980年以降、藻場の減少が日本各地で報告されるようになり、藻場の分布域の現状把握や再生のための取り組みが行われています。
藻場が何らかの原因によって消失しそれが持続する現象は、俗に「磯焼け」と呼ばれています (図4)。
私たちの研究室では、藻場を構成する大型の海藻類と、磯焼けの原因となりうるウニ類や巻貝類といった植食動物との関係性について研究を行ってきました。
その研究のベースとなっているのが、ダイビングを用いた現場観察なのです。
具体的な潜水調査の例を挙げてみましょう。
①アラメ個体群の調査
アラメ Eisenia bicyclis は東北太平洋沿岸の岩礁域でよく見られる、コンブ目の海藻です。その群落は「アラメ海中林」と呼ばれ、沿岸生態系を支える重要な藻場となっています。
私たちは2011年の東北太平洋沖地震後から宮城県牡鹿半島でアラメ個体群の調査を行っています。先ほど述べたライン・トランセクト法とコドラート法とを組み合わせて、一定のエリア内のアラメ海中林の変化をしらべるのです。
海のなかで一本一本のアラメに個体識別用のタグをつけ、その成長量や他の海藻・巻貝類なども定期的に記録します。数年スパンでデータをとることで、アラメの年齢や海中林の規模の変化などが詳細に明らかになります。
最近では、近接海域のアラメから DNA のサンプルを採集して、アラメの親子関係などもしらべています。
②ウニ類・巻貝類の排除実験
海中林が消失する磯焼けの原因はさまざまですが、ウニ類や植食性の巻貝類・魚類が海藻を積極的に食べる「グレイジング (grazing)」がその要因になることがあります。
植食動物のグレイジング規模を評価するために、植食動物を除去したり、空間にアクセスできないようにしたりします。人工的にグレイジングの影響を受けない条件と受ける条件を作り出し、海藻の成長量や堆積物の量などを比較するのです。
宮城県南三陸町の志津川湾では定期的なウニ類の除去実験が行われており、アラメ海中林が再生する様子も観察されています。
③環境省モニタリング1000の藻場調査
環境省の事業「モニタリングサイト1000」の一環として、伊豆下田の藻場生態系のモニタリング調査を行っています。
この調査では、年に1回、同じ位置に設定した調査ライン上の海藻の種組成やコドラートのなかの被度を記録しています。興味があればぜひ、モニタリングサイト1000のホームページをのぞいてみてください!
ここまで藻場の潜水調査の様子について述べてきましたが、いかがでしたか。では最後に少しだけ、私の研究テーマについてのお話です。
海藻の表面を見てみよう!~知られざるミクロの世界~
葉上動物とは
スノーケリングや磯あそびに行く機会があったら、そこに生えている海藻の表面をよ~く見てみてください。たくさんの小さな生きものたちが動いているのが分かります。
海藻の葉の上に住む彼らは「葉上動物」と呼ばれています。おもにワレカラやヨコエビといった小さな甲殻類や、巻貝類で構成されています。
体長0.1 mm から2 cm くらいの小さな体ですが、とってきた海藻を水道水の入ったバットに入れてすすいでみると、そのおびただしい数に驚くと思います。
※漁業権で採集が禁止されている海藻もあるので、磯でとるときは注意してくださいね。
その種類も膨大です。ホンダワラ類1株あたり10動物門以上、数万個体以上の葉上動物が出現するとも言われています。出てきた動物の種をすべて特定しようとすると専門家が何人も必要になるほどです。
この葉上動物がアカモク Sargassum horneri (ヒバマタ目ホンダワラ科) という海藻のなかでどのように分布しているのか、これが私の卒業研究のテーマでした。
葉上動物の垂直分布
ホンダワラ類が気胞の浮力によって海中でも直立姿勢をとることは先に述べました。
成長して海面に達すると、海面に沿って成長をつづけていきます。海のなかで見ると、海面で90度折れまがった、なんとも奇妙な形になります。
しかも海には潮の満ち引きがあるので、この姿勢は刻々と変化します。
潮が満ちているときは海中で直立し、潮が引くと海面に寝そべる。この様子を陸の上と海のなかから観察したものが図5です。
私はアカモクを4つの部位に分けて考えました:①満潮になっても海面にある部位 (S)、②満潮のときは海中にしずみ、干潮のときは海面に出る部位 (I)、③干潮のときも海中にしずんでいる部位 (U)、④海底の基部周辺 (B)。
これらの部位の葉上動物の組成を、海藻ごと海のなかでしずかに切りとって比較してみました。その結果、葉上動物は海面付近の部位 (キャノピー canopy とも呼ばれます) に集中していたのです。
また、その大部分を占めていたのは、ソコミジンコ類というとくに小さな甲殻類のグループと二枚貝 (カキやホタテのなかま) の子どもであることが分かりました (図6)。
二枚貝の養殖では、天然から採ってきた子どもを育てるので、ガラモ場に二枚貝の子どもがたくさん着底することがある、とわかっただけでも重要な情報です。
さらに二枚貝の子どもたちがその後どうなってしまうのか、ということも気になります。
ガラモ場の季節変化~葉上動物のゆくえは?
海藻は陸上の植物とちがい、冬から春にかけて大きく成長し、夏のあいだは枯れてしまいます。
とくにホンダワラ類はこの変化が極端なグループです。冬のあいだに数メートルに成長した体は、夏に基部からちぎれてどこか流されてしまいます。
ホンダワラ類は海底から離れたあとも、気胞の浮力のおかげで、その後しばらくは海面をただよう「流れ藻」となります。
上述したアカモクの葉上動物の採集を行ったのは初夏ですから、そこに着いた二枚貝の子どもたちやほかの葉上動物は流れ藻に乗って旅をするはずです。
成長に都合の良い場所を見つけて、どこかで「途中下車」するのでしょうか?その後のゆくえはまだ謎につつまれています。
おわりに
研究のために海にもぐる!いかがでしたか?
自分が研究する生きものを海のなかで、生で観察するのは、水族館では得られない臨場感にあふれています。フィールドに出ることで多くの「発見」が生まれ、研究の幅もどんどん広がるでしょう。
こうした研究領域を発展させるには、サイエンス・ダイビングのための教育・安全管理のシステムが不可欠です。その枠組みを日本に築いていく、というのが私の夢なのです。
じつは現在、私は「アリエル」という仙台市のダイビング・ショップのインストラクターとしても活動しています。東日本大震災の被災地でもある「女川」をホーム・グラウンドとながら、研究とレジャーの両方でもぐっています。
スキューバ・ダイビングに少しでも興味がありましたら、お気軽にお声がけくださいね。ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
さいごに、今回ご紹介したテーマに関係のあるウェブサイトや文献をリストしておきますので、ご覧になってみてくださいね。
参考文献
[原著論文]
Ito K., Hamaguchi M., Inomata E., Agatsuma Y., Aoki M.N. (2019) “Vertical distribution of epifauna on Sargassum horneri, with special reference to the occurrence of bivalve spat”, Plankton and Benthos Research (in press)
Suzuki H., Aoki T., Kubo Y., Endo H., Agatsuma Y., Aoki M.N. (2017) “Distributional changes of the kelp community at a subtidal reef after the subsidence caused by the 2011 Tohoku Earthquake”, Regional Studies in Marine Science, 14: 73-83
[著書]
日本サンゴ礁学会編「サンゴ礁学 未知なる世界への招待」東海大学出版会
谷口和也・吾妻行雄・嵯峨直恆編「磯焼けの科学と修復技術」恒星社厚生閣
[ウェブサイト]
東北大学 水圏植物生態学研究室
http://www.agri.tohoku.ac.jp/algae/index-j.html
ダイビングステージ・アリエル
http://diving-ariel.blue.coocan.jp/
環境省 生物多様性センター モニタリング1000
http://www.biodic.go.jp/moni1000/index.html