京都大学大学院文学研究科の博士課程3年の上田竜平と申します。研究分野は認知心理学で、ヒトの恋愛関係の構築と維持の脳研究を行なっています。
皆さんの中には現在、誰かとお付きあいしている方もいると思います。本記事のテーマを一言で申しますと「我々はどのようにして、そうした特定の異性との関係を維持しているか」になります。
文学作品や哲学書を読み解いて考察する文学者や哲学者から、世界中を駆け回って実地調査する人類学者まで、様々な分野の研究者がこの問題に挑戦しています。私はこの問題に対し、様々な分野の研究から提案された仮説を実証する実験心理学のアプローチを取っています。
目次
ヒトは一途?浮気っぽい?
多くの読者の方は日本で生まれた方だと思います。周りには当然ながら「一夫一妻的な」関係を築いているご夫婦、カップルの方が多いでしょう。
では外国ではどうでしょうか。実は文化人類学の研究から、現代の大半の社会で一夫一妻関係が見られることが報告されています。一方で一夫一妻関係を示す哺乳類は、ヒトを含めてわずか数%に限られることが観察されており、生物界ではどちらかと言うと「珍しい」配偶形態であるようです。
進化心理学の説明によるとこうした関係は、異性間関係の安定的維持や社会全体の秩序の安定につながる適応的なシステムだから残ってきた、とされます。
他方、ときどきワイドショーなどで目にするように「秘密裏の浮気的関係」も日常茶飯事的に見られます。一例としてアメリカの夫婦を対象とした調査では、約30〜60%の個人が、結婚してからいずれかの時点で浮気的関係の経験があると見積もられています。
大学生のカップルではさらに割合が高く、60〜75%と考えられています。欧米との文化の違いはあれど、日常生活において浮気的関係が珍しいものではないということは直感的にもお分りいただけるかと思います。
こうした浮気行為は皆さんのご想像どおり、カップルや夫婦の別離を招く大きなリスク要因であることが報告されています。
このように我々ヒトの恋愛関係には少なくとも2つの側面がありそうです。一つは「特定の異性に対する強い愛着・コミットメントに基づいた一夫一妻的関係」。もう一つは「秘密裏の浮気的関係の欲求」。この2つの側面はどのように関わりあっているのでしょうか。
恋愛に関する脳の研究
動物研究から出発した脳研究
心理学の研究ではヒト以外の動物を対象とした実験研究も広く行われています。1990年代、そうした動物実験を通し「どのような神経機構がパートナーへの選択的な強い愛着・コミットメントを支えているか」を明らかにした革新的な研究が行われました。
この研究では「一夫一妻関係」を示すプレーリーハタネズミ (図1)と、それと似た外見をしながらも一夫一妻制を示さないサンガクハタネズミというネズミの神経機構の違いが調べられました。
プレーリーハタネズミは人間のカップルと同じように、つがいを形成してパートナーに対する選択的な選好を示すとともに、オスも養育に参加し、外敵に対する防衛行動を示すことが観察されています。
こうした一夫一妻的関係を示すプレーリーハタネズミでは、サンガクハタネズミと比べ、中脳辺縁系のドーパミン報酬経路におけるオキシトシンとバソプレシンの受容体密度が高いことが観察されました。これらは愛着行動を支える上で重要な脳内物質であることが広く知られています。
別の研究では、これらの受容体のはたらきを外的に操作すると行動が変わることも観察されました。まとめると、一夫一妻関係を支える行動は、生理的なメカニズムで制御されているということが明らかになりました。
プレーリーハタネズミで観察されたこのような脳の機構は、子孫を残す上で最も基本的なシステムであり、我々ヒトにも見られると予想されます。
この仮説が実際に調べられたのは実は2000年代に入ってからのことです。これには大きな理由がありました。動物実験とは異なり、ヒトでは生きている状態で脳のはたらきを観察することが、技術的にも倫理的にも困難であったからです。
※念のために申しますと、現在では動物実験も慎重に倫理的問題が議論された上で研究が実施されており、「ヒトではないなら何をやっても良い」ということには決してなっていません
そうした問題は、1900年代終盤に登場した機能的磁気共鳴画像法 (functional magnetic resonance imaging, fMRI)という技術によって解決され、生きているヒトの脳のはたらきをそれ以前よりも安全かつ詳細に調べることが可能になりました。
原理の説明は複雑なのでここでは割愛しますが、実験参加者の人に大きな筒状の装置の中で寝転がった状態で実験課題を実施してもらうことで、その際の脳活動の様子を視覚化することができます (図2)。
それにより、ある認知機能に関与する脳領域の特定が可能になりました。最初期の研究は視覚や聴覚などの基礎的なシステムを対象にしたものがほとんどでしたが、その後、恋愛を含めたより高次な認知機能の研究が数多く行われてきました。 「他者への妬み」「SNSでいいね!をもらうと嬉しいこと」「スポーツファンの熱狂」など面白い研究がたくさん行われています。
2000年代前半、このfMRIを用いたヒト対象の恋愛研究が行われました。「熱愛」状態にある実験参加者に対し、パートナーの顔画像を見せて楽しい思い出を考えてもらうと、中脳辺縁系領域が活動することが観察されました。
こうした領域は、快感情の処理を支えるドーパミン経路であり、上記のプレーリーハタネズミの研究で示されたものと類似したメカニズムが存在すると考えられています。ヒトの親密な関係も、ある程度は生理的なメカニズムによって制御されていることが明らかになったというわけです。
ちなみに同様の結果は中国で行われた研究でも確認されており、恋ごころを支える脳のシステムには文化圏による違いがないと考えられています。
どうすれば恋愛関係を維持できる?
fMRIを用いた研究から、主に快感情を司るドーパミンシステムが恋ごころを支えていることがわかりました。
一方で「ヒトの恋愛はネズミほど単純なはずがない!」と思われる方も多くいらっしゃるでしょう。特に冒頭で述べたとおり、我々ヒトの社会では「秘密裏の浮気的関係」が広く見られます。
Mr.Childrenのボーカル、桜井和寿さんは「UFO」という曲で、パートナーと不倫相手の間で揺れるこころを見事に描写しています。
互いの胸のうちに気付いている以上
僕らは共犯者だ 念を押して確かめなくても
僕を信じきっているあの人を 嫌いになれもしないから
よけい分かんなくなるんだよ
Mr.Children 『UFO』
我々ヒトはどのようにして特定の異性との恋愛関係を維持しているのでしょうか。これまでの心理学の研究では主に2つの仮説が提唱されてきました (図3)。
1つめの仮説は「関係を維持する上で、パートナー以外の異性に対する浮気的関心は能動的に抑制する必要がある」というものです。すなわち「頑張って欲求を抑えないと浮気的関係に陥ってしまう」という説明です。
この説明はおそらく皆さんの直感に合致するのではないでしょうか (ワイドショーなどを観てもそう思いますね)。実際にこの仮説は多くの実験研究で実証されてきました。
fMRIを用いた研究からは、パートナー以外の異性に対する関心を抑制する際に能動的な抑制を支える前頭前野領域が活動することが観察されました。
こうした能動的抑制はまるで筋肉のように、「疲れ」がたまるとはたらきが弱くなることが広く示されています。この「認知資源モデル」(cognitive resource model)に基づいた研究からは仮説通り、負荷をかけると浮気的関心が抑えられなくなることも示されました。
一方、「恋人に夢中になっていれば、そんなに頑張らずとも他の異性に目が向かないのではないか?」と考える方もいらっしゃるでしょう。
実はこの「自動的な抑制機構」仮説の検証も、別の一連の研究で行われてきました。例えば交際中の個人では、パートナー以外の異性に対してあまり注意が向けられない、魅力を低く評価するといったことが報告されています。
結局のところ「親密な関係の維持は、能動的に達成されるのかあるいは自動的に達成されるのか」ということについては決着がついていませんでした。
こうした問題に対し私の研究では「文脈に応じてこれら2つの抑制機構が相互作用的に関与する」という第3の説明を提案し、検証しました。ヒトの心理的メカニズムの研究ではこのように、より包括的な説明が提案されて理解が進むことがよくあります。
筆者が行なった研究:2つの抑制機構の相互作用的関係性
カップルの別れに繋がってしまう浮気的関心の、能動的抑制機構と自動的抑制機構の相互作用的関係性を明らかにすることを目指しました。
実験
この問題を検討するため、fMRIを用いた心理学実験を実施しました。実験には「6ヶ月間以上、特定の異性と交際している」27名の成人男性が参加し、以下の3つの課題を順に実施しました。
課題1. 潜在的連合課題 (implicit association test, IAT)
IATは実験刺激に対するカテゴライズの反応時間を通して、我々の「潜在的な態度」を計測する課題として広く用いられています。
この課題の手続きは非常にシンプルです。実験参加者は、恋愛場面の画像が呈示された場合にはそれが「一途な場面か浮気な場面か」を、単語が呈示された場合にはそれが「良い意味か悪い意味か」を、ボタン押しでできるだけ早く判断することが求められました。
これらの刺激は事前調査によって統制され、大多数の人の判断が一致するものだけを用いました。重要な点として、「一致条件」ブロックでは左のボタンが「一途な画像・良い意味」の判断に、右のボタンが「浮気な画像・悪い意味」の判断に対応していました。
「不一致条件」ブロックではこのボタン配置が逆転しており、左のボタンは「浮気・良い」に、右のボタンは「一途・悪い」に対応していました (図4)。
これにより、「浮気=ダメ!」という潜在的な態度を強く有している人ほど、不一致条件 (浮気=良い)の反応でより大きな遅れが見られることが想定できます。この遅延の程度を個人の自動的抑制のスコアとして用いました。
なぜこのような回りくどい方法を用いる必要があるのでしょうか。それは、例えば「あなたは浮気が悪いことだと思っていますか?」と明示的に尋ねたとしても、正直に回答してくれているかはわからないという問題が残るためです。
実験参加者の方は自分を悪く見せないように、「浮気は悪いことです」と報告する傾向がそもそも強いかもしれません。なのでこうして課題を工夫する必要があるというわけです。実験心理学の中でも、実験者の「センス」が問われるポイントです。
課題2. go/no-go課題
この課題も非常にシンプルです。実験参加者は、動物の画像が呈示された場合にはできるだけ早くボタンを押し (go条件)、女性の顔画像が呈示された場合にはボタンを押さない (no-go条件)ことが求められました。
「ぐっとこらえて我慢する」no-go時の前頭前野領域の活動が高い個人ほど、例えばダイエットの成功率が高いなど、様々な場面での能動的抑制に優れることが知られています。それにならい本研究でもその際の前頭前野活動 (図5)を、個人の能動的抑制のスコアとして用いました。
課題3. デート評定課題
最後の課題では、画面上に呈示された様々な女性と「どれくらいデートしてみたいと思うか」を、8段階で評定することが求められました。女性の顔画像は事前に「非常に魅力的な女性」と「あまり魅力的でない女性」の2条件に分けられていました。
実験参加者は全て交際中の男性の方なので、高いデート評定値を示すほど浮気的関心が強い個人であると考えました。加えて実生活の恋愛行動のデータとして、参加者自身の交際歴の情報も分析に用いました。
実験結果
結果は私の仮説を支持するものでした。まず「あまり魅力的でない女性」に対する浮気的関心 (デート評定値)は、no-go時の前頭前野活動が高い (=能動的抑制に優れる)個人ほど、デート評定値が低いという結果になりました (図6)。
これは先行研究の能動的抑制モデルと一致します。すなわち「頑張って」欲求が抑えられているというメカニズムが想定できます。
一方で浮気的関心を強く喚起する「非常に魅力的な女性」の場合には、この能動的抑制単体では不十分であることを示唆する結果が得られました。
具体的には、no-go時の前頭前野活動が高いことに加え、IATで計測された「浮気的行為に対するネガティブなイメージの連合が強い」個人でのみデート評定値が低くなるという結果になりました (図7)。
浮気的関心を強く喚起する魅力的な異性に対しては、必ずしも能動的に関心を抑制できるとは限らず、自分でコントロールすることが難しい自動的な抑制機構も必要になる可能性が示されました。
さらに2つの抑制機構に優れる個人では交際関係がより長く持続することがわかりました (図8)。自分でコントロールできない浮気への潜在的態度が、関係の長さまである程度決めてしまうとは、少しびっくりしてしまうようなデータだと思います。
結果をまとめると、親密な異性間関係の維持には、能動的に浮気的関心を抑える機構だけでなく、自動的な機構も重要であることが明らかになりました。浮気の欲求に抗うことは容易なことではなく、結果として我々の生活では浮気的行為が日常茶飯事的に見られるようです。
本研究の結果に基づくと、学校や職場などで多くの異性に出会う機会のある実生活では「疲れ」に弱い能動的抑制だけでなく、自動化された抑制機構も重要になりそうです。例えば「浮気=ダメ!」という学習を経ると、抑制が上手くなるかもしれません。
終わりに
今回紹介した研究の内容は2017年に国際学術誌で報告を行いました。その後に発展的な研究として、能動的な抑制は「熱愛」状態の関係初期では必要でないが、関係が長くなり「マンネリ化」すると必要になるという報告も行いました。研究内容は私のwebページでも概説しています。
一方で性差や文化差についてはまだ明らかになっていない部分も多く、今後の研究課題となります。また、同性愛者間の関係についても同じ説明が適用できるかについても明らかになっていません。社会的要請の観点からも重要な問題だと思います。
ここまで読んでいただいた皆さんはお気づきかもしれません。実験心理学という研究分野ではどんなことも問題にできるのです。
その際に最も重要になるのは、専門分野の知識よりはむしろ「これが分かったらこのような面白いことが言えます」とアピールできるコミュニケーション力と、問題に関わるあらゆる分野の横断的な視点だと思います。
文理両方の広い分野に興味がある人や、勉強は好きではないけど物事をじっくり考えることが好きな人は、特に楽しく感じられる分野でしょう。私自身も元々は理科・数学が全くできない典型的な文系学生でした。
この分野に興味を持たれた方にはまず、ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』(早川書房)を読むことをお勧めします。ノーベル経済学賞を受賞した心理学者の著書で、心理学にとどまらず、経済学や法学、哲学等の幅広い分野に大きなインパクトを与えた一連の研究が概説されています。
類似したテーマのダン・アリエリーの『予想どおりに不合理』(早川書房)は、もう少しくだけた内容で単純に読み物として面白いと思います。これら2冊を読めば実験心理学・認知科学の基礎的な考え方が掴めるでしょう。
さらに最新の知見を網羅的に学びたい方には、私の指導教員である阿部修士京都大学こころの未来研究センター・特定准教授の『意思決定の心理学 脳とこころの傾向と対策』(講談社)が最適だと思います。
読者のみなさまに人間のこころを実験的に探ることの面白さが少しでも伝われば幸いです。最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。
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