神戸大学大学院保健学研究科博士前期課程1年の表利菜と申します。私が所属している研究室では、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、薬剤師、保健師が所属しており、様々な職種の観点から呼吸に関する病気の研究を進めております。
呼吸の病気といっても様々です。肺炎、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、ICUによる人工呼吸器管理、在宅酸素療法などの研究を主に行なっております。
今回はその中でも誤嚥性肺炎に関する研究をご紹介していきます。
目次
誤嚥
誤嚥とは
皆さんは物を食べたり、飲んだりした時に、むせた経験はありませんか?プールで泳いで水を誤って飲み込んでしまって咳き込んでしまったこともあるかもしれません。
誤嚥(ごえん)とはこのように、本当は食道に入るべき食物などの物質が空気の通り道である気道に入ってしまうことを言います。
実は、誰もが経験するこの誤嚥が原因で生じる肺炎、誤嚥性肺炎で亡くなってしまう方はかなり多く、現在、日本の死因の第7位となっています。
このコラムではそんな誤嚥性肺炎について、私たちの研究結果も含めてお話していきます。
睡眠中の誤嚥
皆さんは睡眠中に誤嚥したことがありますか?
ほとんどの方は「したことない」と答えると思います。しかし、年齢に関係なく、皆さんは毎日誤嚥しています。
睡眠中に食事や飲水したりする人はいませんよね。それならば、何を誤嚥しているのでしょうか。
それは唾液です。少量ですが、気付かないうちに皆さんは唾液を誤嚥しています。睡眠中にむせていることもあります。
しかし、皆さんは誤嚥性肺炎になったことない方がほとんどですよね?肺炎で死亡するうちの95%は高齢者で、その肺炎の中でも80%は誤嚥性肺炎です。誤嚥性肺炎は高齢者に多い病気です。
誤嚥性肺炎の理由としては下の3つがあげられます。
① 誤嚥した物や量
皆さんは夜よく寝れていますか?高齢者の場合、夜寝付けないからと睡眠薬などを使用することが多いです。
この睡眠薬には唾液の分泌を促進する効果があります。唾液の量が多いとその分誤って気道に流れ込むリスクは高くなります。
また、高齢者の口の中は若年者に比べ、病原性の高い細菌が存在しやすい状態となっています。
細菌を含んだ唾液を誤嚥する事で肺炎が発症するのです。
② 体の免疫力と体力
では、なぜ高齢者で誤嚥性肺炎の患者さんが多いのでしょうか。
皆さんも、体が疲れているときに、なんとなく風邪をひきやすいなという経験はありませんか?
普段元気で体力がある時は、体の中に菌が入ってきても、免疫機能が働いて病気は発症しません。
また皆さんは誤嚥しても「むせ」として吐き出すことができます。
一方高齢者では、体力、免疫力が低下してしまいます。それだけではなく、物をうまく飲み込む力(嚥下機能)が低下し、正しく食道へ食べ物を送り込めず誤嚥してしまいます。
咳込む力(咳嗽力)も低下するため、誤嚥したものを吐き出すこともできません。
このように、体力、免疫力の低下だけでなく、嚥下機能や咳嗽力の低下など、さまざまな要素が合わさるため、高齢者での誤嚥性肺炎の発症が多くなります。
③ 病気による影響
先ほど述べた体力、免疫力、嚥下機能、咳嗽力などは、全ての高齢者で低下するのでしょうか?
…答えはYESです。
歳をとるにつれて人間の体には低下してしまう機能はありますが、これには個人差があります。
そして病気によっては、これらがより低下し、誤嚥性肺炎発症のリスクが高くなることがあります。
たとえば、脳梗塞などの病気では嚥下機能が低下します。健康な人であっても、交通事故で脊髄損傷になれば咳嗽力が低下することもあります。
私たち医療職者は、患者さんを誤嚥性肺炎から守るために、加齢や疾患などの患者さん個々の情報を加味し、医療行為を実施しているのです。
研究背景
誤嚥性肺炎を予防するには
テレビで肺炎球菌ワクチンのCMをみたことありませんか?予防接種は、誤嚥性肺炎の有効な方法の一つです。
65歳以上の高齢者(もしくは60歳以上で心臓、腎臓、呼吸器の機能に日常の活動が極度に制限される程度の障害がある方)では、無料で接種出来るよう国からも推奨されています。
またこれから寒くなる季節、インフルエンザも流行りますね。インフルエンザが重症になり肺炎になる高齢者は多いです。
ワクチンは必ずしも肺炎の発症を抑えてくれるわけではないですが、重症になることを防いでくれる可能性もあります。
肺炎球菌ワクチン、インフルエンザワクチンは、簡単に受けることができます。
ワクチンを接種しなくても歯磨きなどで口の中を清潔に保つことは毎日できる誤嚥性肺炎の予防策です。口の中が不潔になると病原性細菌の増殖が発生します。毎食後に歯磨きを行うことは大切ですが、特に就寝前の歯磨きは重要です。
またポジショニング(体位)も大事です。特に仰向け(背臥位)は胃液の逆流が生じるなど誤嚥を最も引き起こしやすい体位です。
ベッド上での生活時間が長い患者さんの場合は、出来るだけ日中は背上げをし、また食後2時間程度は仰向けにならないなどのポジショニングが必要です。
他にも日中の活動量が影響したり、嚥下能力が関連しているとも言われています。特に夜間の誤嚥は、睡眠薬の使用が影響しています。
夜ぐっすり眠るためにも、日中はしっかりと体を起こし運動することは、誤嚥性肺炎の予防だけではなく、生活習慣病にも効果的です。健康な体を維持するためにも、是非日々の運動を心がけてみてください。
誤嚥性肺炎を予測する方法
実際に、誤嚥性肺炎と関係があるといわれている活動量や嚥下能力を測定する機器はあります。しかし、病院によっては測定機器がなかったり、手間や時間が多くかかったりします。
どの病院でも測定できて、簡単に検査でき、誤嚥性肺炎の予測をすることで、発症を予防することが重要になってきます。
研究内容について
疑問
高齢者では若い人に比べて誤嚥性肺炎のリスクが高いこと、その原因についてお話してきました。しかし、高齢者の中でも誤嚥性肺炎を起こす人と起こさない人がいますよね。
もし、誤嚥性肺炎を”起こしやすい”もしくは”起こしにくい”高齢者それぞれに何か特徴があったとしたら…?
誤嚥性肺炎の予防に役立つ発見があるかもしれません。
そこで、私たちは”同じような高齢者で、誤嚥性肺炎を起こす人と起こさない人の違いは一体何なのか?”を明らかにするため研究を行いました。
具体的には、以下の3つのテーマで調査しています。
① 高齢者における肺炎の発症と未発症の方のそれぞれの特徴は?
② どの病院でも測定しているような指標で、簡単に肺炎の発症を予測できないのか?
③ 調査した予測指標が12カ月間における肺炎発症に影響するのか?
調査
1年半の間、ある病院の新規入院患者に対して肺炎発症と栄養・嚥下・生活能力の指標との関連性を調べました。
今回の研究対象者は、入院時に肺炎以外の理由で入院した患者さんです。
彼らが1年間の追跡調査の間に肺炎が発症するのか、肺炎発症の要因になる指標は何かを明らかにするために、肺炎発症したものを肺炎群、肺炎発症しなかったものを非肺炎群として2つの群を比較しました。
次に今回使用した評価指標を説明します。
栄養状態の評価
CONUT(Controlling Nutrition status)というものを使用しました
これは一般的な血液検査によって分かる、アルブミン(ALB)、末梢血リンパ球(TLC)、総コレステロール(T-cho)値をスコア化したものです。スコアは10段階であり、数字が大きくなるに従い栄養状態に異常があることが簡便に調べることができます。
アルブミンは、血液中にあるタンパク質のうち一番大きな割合を占める物質です。アルブミンの値の低下は深刻な病気の徴候を示している可能性があります。
末梢血リンパ球は感染などによる炎症の程度を示す指標です。
総コレステロールは、血液中に含まれる全てのコレステロールの総量です。コレステロールは人間の体内に存在している脂肪分の1つで、人間の体にとって欠かすことのできない大切な物質です。
CONUTは、これらの3つのタンパク質、炎症値、コレステロール値を複合的にみることで栄養状態を評価します。
入院患者によって検査感覚に違いはありますが、血液検査で分かる値から情報を得ることができます。血液検査は病院で定期的に行われているものであり、新たに何かしなければならないということはありません。
嚥下能力の評価
MASA(The Mann assessment of swallowing ability)の日本語版を使用しました。
嚥下障害と誤嚥を効率よくスクリーニングする方法です。比較的新しい指標であり、国際的にも信頼性が認められています。
24 項目から構成されており、各項目は重要度により点数配分が異なります。合計点はUnlikely(問題なし)/Possible(軽度)/ Probable(中等度) /Definite(重度)に分類されます。
さらに推奨される食形態を固体,液体にそれぞれ判定し,嚥下障害の重症度を評価します。
主に脳血管障害患者に使用されており、食形態の決定や治療方針などに使用されています。
活動
FIM(Functional independence measure)を使用しました。
食事、排泄、移動などの運動項目(13項目)と、コミュニケーションなどの認知項目(5項目)から構成されている、生活に必要な能力を評価する指標であり、1~7点の点数で採点し合計点数の高いほど活動機能が保たれていると評価します。
こちらは、医療の現場で広く使用されており、理学療法士や作業療法士などのリハビリテーション職が評価することもあれば、看護師が評価することもあります。
入院時や退院時だけでなく、入院中の経過も評価します。得点が日常生活における動作や認知の自立度(介助量)を示すため、どの動作にどれくらいの介助が必要なのかどうかがわかります。
今回集めたデータを元に、どの項目が肺炎発症に関連するのかを統計解析し、算出しました。
新発見
統計結果から、1年間の肺炎発症に与える影響としては、
年齢 < MASA(嚥下指標) < FIM(活動)の運動項目
の順に影響度が大きいことわかりました。
また関連があった指標(FIMの運動項目とMASA)に関してカットオフ値(この値を下回れば/上回れば肺炎発症しやすいということを示す値)を算出しました。
①FIMの運動項目は肺炎の有用な予測因子である
全身の筋量の低下は誤嚥性肺炎での死亡率を予測する潜在的な因子であると言われており、FIMの合計点が36点以下は完全に介助を要している状態です。
今回の研究では肺炎を発症した群のFIM合計点の平均31.6点(中央値23.5)であったため、要介助状態であったことが推察されます。
また今回算出したFIMの運動項目が20点以下(Cut off:19.5)については1年間の追跡調査において肺炎発症における影響度が高いことがわかりました。
②MASAは肺炎の有用な予測因子である
今回の研究では肺炎を発症した群のMASAは平均109.5点(中央値129.5)であったため、嚥下障害/誤嚥のリスクが重度でありました。
また今回算出したMASA170点以下(Cut off:170.5)については1年間の追跡調査において肺炎発症におけるFIM運動項目に次いで影響度が高いことが分かりました。
今回は合計点の点数による肺炎の予測因子を調査いたしました。詳細項目による違いは今後の検討課題です。
以上のことから、今回日常生活能力と嚥下能力が肺炎発症の予測因子となることが分かりました。
終わりに
今後、日本の医療は在宅医療が主になってきます。そのため、呼吸器関連の病気が在宅でも予防できるか重要になってきており、そのための研究も進めていきます。
今回紹介させて頂いた肺炎の研究以外にも、COPD(慢性閉塞性肺疾患)やICU(集中治療室)に関する研究も行っています。
職種だけでなく、年齢層も幅広く、本当に様々な観点からの意見を頂きながら研究ができます。呼吸器に関連することに興味がありましたら、ぜひ一緒に研究をしてみませんか?
本記事の内容に関してご意見・ご質問等ございましたら、下記のメールアドレスまでご連絡ください。
ishikawa.labo.kobe@gmail.com
参考文献
Yuji Mitani et al., Relationship between the Functional Independence Measure and Mann Assessment of Swallowing Ability in hospitalized patients with pneumonia. Geriatrics&gerontology International. 2018
Yuji Mitani et al., Relationship between functional independence measure and geriatric nutritional risk index in pneumonia patients in long-term nursing care facilities. Geriatrics&gerontology International. 2017