父親って何をする人?現代の日本社会における父親の役割を考える

初めまして、上智大学大学院総合人間科学研究科 博士後期課程3年の厚澤祐太郎です。研究分野は生涯発達心理学・臨床心理学で、現在は中高年のお父さんに対するインタビューデータを基に、父親の役割についての研究を進めています。またその傍ら、臨床心理士として医療機関でカウンセリングも行っています。

皆さんは父親と聞くと、どんな姿をイメージするでしょうか?

「仕事」「職業人」のように、スーツで働く姿を思い浮かべる人がいるかもしれませんし、「頑固」「無口」な姿を浮かべる人もいるかもしれません。

お気づきの人もいるかもしれませんが、最近ではこのような父親イメージは変わりつつあります。

代表的な言葉にイクメンが挙げられます。

お父さんが1人で赤ちゃんを連れている姿を、皆さんも一度は目にしたことがあるかもしれません。

イクメンに代表される育児に積極的な父親の登場には、女性の社会進出が大きく影響しています。

この女性の社会進出は、例えば女性が子育てをしながら働ける職場のように、母親に関してはこれからの変化に対する議論が多くされているのに対し、父親に関しては、これからどうなっていくのかということがあまり議論になっていません。

しかし考えてみると、母親に変化が生じれば、おのずと父親にも大きな変化が生じることになります。

そして実際に歴史を振り返ると、時代によって父親の役割はかなり変化してきているのです。

この記事では、父親を取り巻く変化をひとつひとつ見ていきながら、現代社会において父親に何が求められているかを、主に心理学の視点から明らかにしていきます。

時代による父親の変化を見てみよう

江戸時代の父親

ここでは少しさかのぼって江戸時代の父親について見ていきましょう。

意外かもしれませんが、江戸時代は父親が子どもを育てた時代です。

もちろん、江戸時代も育児の直接の担い手は母親や子守女などの女性でした。

しかし、記録によると、今でいう子育て書の多くは、男性が男性読者に向けて書いたものだったようです。

これには、この時代の価値観が大きく影響しています。

この時代、家の継承がとても大きな価値を持っていました。そのため、子育てはかなり重要な営みであり、女をよく教育して良い子育てをさせることが、当時の父親の役割とされていたのです。

こう書くと、父親の子育ては義務感のような堅いイメージを抱くかもしれませんが、この時代の父親は子育てに意欲的・熱心だったと考えられています。

その理由のひとつが家職です。

この時代は、農業や漁業など、その家ごとに代々受け継がれる職業(=家職)がありました。

この家職継承のために、父親は自ら経験してきた技術や知恵を、そのまま子どもに引き継ぐという役割を担っていました。

つまり、父親にとって仕事と子育てがかなり近い状態にあり、子育てが父親自身の人生の課題でもあったのです。

そのため、父親が自信を持って子どもに向かうことができましたし、子どもに愛情を持って接しやすかったと考えられます。

明治・大正時代の父親

次に明治・大正時代の父親について見ていきましょう。

この時代は今日と同じく、親の役割に大きく変化がもたらされた時代と言えるかもしれません。

その理由として次の3つが考えられます。

   産業革命

   戦争

   義務教育

①の産業革命とは、農業や漁業などを第一次産業だけであった時代から、製糸工場や製鉄所などの第二次産業が中心となる産業界の変化・革命のことです。

日本も、明治時代に入って5年間で、東京から横浜に鉄道が引かれたというのですから、産業革命が日本にもたらした影響の大きさに驚きます。

この産業革命の影響は父親にも及びます。

つまり、家業から離れ家庭の外で仕事をする父親が登場してきます

そのため、江戸時代には存在した、父親の家職継承という人生の課題がここで薄れてきたと言えます。

次に②の戦争を見ていきます。

皆さんも学校で勉強したことがある、日清戦争や日露戦争、第一次世界大戦などはこの時代の出来事です。

つまり、この時代の男性は、兵役という役割を国から与えられることになります。

江戸時代、父親は家族のために仕事をし、継承してきましたが、この時代になると父親は家族から離れ、国の為に働くという視点が人々に芽生えるようになったのです。

最後に、③の義務教育を見ていきましょう。

義務教育は、明治初期に海外に渡った使節団が、日本に必要だと考えたもののひとつです。

明治・大正時代の国家はこの義務教育の普及に力を注ぎました。

その影響で、例えば下級武士家族に見られた、父親が子どもに初歩教育を行うという必要はなくなりました

つまり、この時代から学校が父親の代わりをするようになったのです。

このような3つの理由から、徐々に以前の父親の役割は薄れていったのです。

そして、父親の役割が変われば、自然と母親にも変化が求められます。

明治・大正時代の女性は、夫にとって良い妻であり、子にとっては賢い母であるという良妻賢母が女性教育の理念として掲げられました。

なぜかと言うと、この時代の男性は、仕事での生産活動や兵役によって、家族を離れて国に貢献することが求められていました。

そのため女性は、男性の活躍を家庭で支え、家に残って次の世代を育てていくことで国に貢献することを求められたのです。

このように、明治・大正時代は父親も母親も大きく変わった時代であると言えます。

まとめると、家族に対する父親の指導力や家職の継承についての父親の責任が徐々に薄くなっていった一方、次第に母親が子育ての主体として尊重されるようになったということになります。

昭和時代の父親

さて、次は昭和時代の父親を見ていきたいと思います。

実を言うと、この時代の父親の役割にどのような変化があったのかをきちんとまとめている研究はありません

しかし、戦後である昭和中期は高度経済成長が起こり、「企業戦士」「亭主元気で留守がいい」などの言葉が誕生したことを考えると、父親は外で仕事をしてお金を稼ぐ一方、母親は家で実際に子どもの世話をするという、役割分担がはっきりしていた時代だと言えます。

今まで読んできた皆さんは、江戸時代と比べると、父親と子どもとのかかわりが間接的で薄くなってしまったことがわかると思います。

また、幸運なことにこの時代の父親の多くは兵役がありません。継ぐような家職を持っている父親も少なくなってきています。

つまり、父親が子どもに対して、昔から行ってきたような役割はほとんどなくなってしまったと言えるかもしれません。

そして、昭和後期になると、母親も徐々に外で働くという共働きの時代に入ってきます。

もしかしたら今後、父親の特徴として唯一残っている外で働き稼いでくるという面も薄まっていくのかもしれません。

平成時代の父親

平成に入ると、世間では父親の育児参加度という言葉がよく使われるようになります。

その理由に、少子化対策が挙げられます。

平成の初期から、日本では少子化が問題視されるようになり、これを打破する対策として、父親の育児参加が国から求められるようになります。

最近よく耳にするイクメンという言葉 も、平成に入ってから誕生した言葉です。

しかし、子育てと仕事が別のことになってしまった今、父親はどのように子どもと向き合えばいいのでしょうか

時代も令和になった今、父親は子育てにおいてどんな役割が求められているのでしょうか

研究背景

父親に関する研究が少ない

時代による父親の変化を見てきたことで、父親の役割がひとつずつ薄くなってきた経緯が少しわかっていただけたと思います。

そして今父親は、外で稼ぐだけではなく、家庭に入り子育てをすることを求められています

さて、では実際に父親が子どもの子育てをすることで、どのような良いことがあるのでしょうか。

実を言うと、そもそも父親に関する心理学の研究は母親に比べるとはかなり少ないです。

その理由として、今まで見てきた時代の流れが影響しています。

つまり、最近まで父親が家庭で子育てをすることが求められてこなかったのです。

また、フロイトという心理学に大きな影響を与えた人が、母親との関係をとても重視したことも関係しています。

そのような理由から、そもそも父親に関する研究が少ないという問題があります。

父親の子育てについてわかっていること

世界規模でみれば1970年ごろから、日本では2000年代に入ってから、父親に関する研究が注目されるようになりました。

逆に言うとそれ以前は親=母親という認識であり、研究者のなかでも「親子=母子」「子育ての研究=母親からの影響の研究」のように扱われていました。

そのため最近になって、子育てにおいて父親も影響を与えている部分はあるのかを調査する研究が行われました。

それらの研究のなかで、特に父親の影響が大きいと考えられるものをまとめると、子育てにおける父親の役割には以下の3つがあると考えられます。

  子どもが家庭から社会に出ることを助ける。

  子どもが大人になり、自立していくことを助ける。

  子どもの性別により、父親の与える影響が異なる。

①は、例えば学校に通うなど幼少期の子どもですが、②は高校生や大学生など、青年期と呼ばれる時期の子どもに対する役割を指しています。

つまり、父親は子育てにおいて、母親と同じように、子どもが大人になるまで影響を与え続けていると言えます。

また③は、息子と娘で、父親から受ける影響の差が、母親の差と比べて大きいことがわかっています。

つまり、父親は子育てにおいて、息子と娘で異なる役割を担っていると言えます。

父親の子育てについてまだわかっていないこと

これまで行われた研究は、主に質問紙調査など数値を用いた調査によって父親が子育てに与える影響について検討してきました。

しかし、数値を用いた調査では、現象の存在を数値で確認はできますが、どのようなメカニズムやプロセスでその現象が起こっているのかについては検討しづらいという問題があります。

つまり、過去の研究と比較すると、以下の点がわかっていないと言えます。

  父親はどうやって子どもが家庭から社会に出ることを助けるのか。

  父親はどうやって子どもが大人になり、自立していくことを助けるのか。

  子どもの性別により、父親の与える影響はどのように異なるのか。

この3つの点を探索していくことで、現代社会の子育てにおける父親の役割が少しわかってくると言えます。

どうすれば父親の役割を明確にできるのか

上で書いたような、「どのように」「どうやって」を明確にするには、まず仮説を作る必要があります。

仮説を作るためには、インタビュー調査や観察調査などを行うことが一般的です。

つまり、実際に父親や子どもの語りを聞くことで、どのようなプロセスで父親の影響が生じているのか、またどのようなメカニズムで息子と娘で差が生じているのかなどについて仮説を作ることができます。

このような、父親の役割に関するインタビュー調査は日本ではまだ行われていません

現代社会において父親はどんな役割を持っているのか?

研究内容

研究で知りたいこと

父親がどのように子育てを行ってきたのか?

子どもは父親の子育てをどのように体験してきたのか?

息子と娘でどのような違いがあるのか?

何をしたのか

・子育てがひと段落したと考えられる50~60代の父親に対し、息子または娘とどのように関わってきたのかを尋ねた。

・子どもから大人になる時期である大学生に対し、父親とどのように関わってきたのかを尋ねた。

どんな手法を使ったの?

時間とともにどのように認識が変化したのかを分析することができる複線径路・等至性モデリング (Trajectory Equifinality Modeling; TEM)という分析方法を用いました。 

何がわかったの?

分析の結果、いくつかの仮説を作ることができました。

ここでは、今回明らかになった父親役割の仮説を「父親-息子」「父親-娘」に分けて見ていきましょう。

父親-息子の関係

父親と息子の関係からは以下の仮説が見えてきました。

  父親が息子の興味関心を受け入れると、息子は父親と信頼関係を築くことができる。

  父親は息子と自身の違いを認めることに葛藤を感じている。

この2点をまとめると、どうやら父親と息子の関係では、父親が息子の違いを認め、受け入れることが現代における父親の役割と言えそうです。

父親-娘の関係

同じように、父親と娘の関係からは以下の仮説が見えてきました。

  母親が父親をどのように見ているかが、娘の父親像に強い影響を与えている。

  父親が娘に対し、一定の距離を置きながら常に関わっているという姿勢を持つと、娘との間に信頼関係を築くことができる。

この2点をまとめると、どうやら父親と娘の関係では、父親が母親との関係を良好に保つこと、また娘とは一定の距離感を保つことが現代における父親の役割と言えそうです。

終わりに

本研究は、現代社会における父親の役割について初めて検討し、その仮説を生成したものになります。

こうみると、父親の役割が息子に対するものと娘に対するもので全然違うことがわかっていただけると思います。

しかし本研究は仮説を作っただけですので、今後はこの仮説を実際に検証することが必要になってくると思います。

また、子どもの兄弟構成などによっても父親の役割が変わるのかなど、今後の研究課題も多く残っています。

さらに、父親の研究自体の数は母親の研究に比べるとまだまだ少なく、現代社会の変化を考えると、今後の研究が期待される分野だと思います。

この記事を読んで、少しでも父親の現状について興味を持っていただけたら幸いです。

私が父親に興味を持ったきっかけは、「お父さんって何考えているのかよくわからないなぁ」という素朴な疑問から始まりました。

皆さんも是非いろんなことに素朴な疑問を持ってみてください。

参考文献

柏木恵子・大野祥子・平山順子 (2006). 家族心理学への招待: 今、日本の家族は?家族の未来は? ミネルヴァ書房

Lamb, M. E. (1975). Fathers: Forgotten contributors to child development. Human development, 18, 245-266.

尾形和男 (2011). 子どもの発達段階と父親の役割 父親の心理学  北大路書房

太田素子 (1994). 江戶の親子: 父親が子どもを育てた時代  中央公論社

佐々木孝次 (1982). 父親とは何か その意味とあり方 講談社

安田裕子・サトウタツヤ (2012).  TEM でわかる人生の径路 質的研究の新展開 誠信書房